「わたしたち人間も、そして熊も、自分を生かすために必死で生きているんですね。誰に命令されているのでもないのに。」 「えっ?」 「いえ、何でもないです。独り言です。」 姉さんの不思議な問いに、アニーは少し考えた。 「葛城さん、雨も止みそうにないし、山田さんも待ってるし、今日はもう帰りましょう。」 「はい!」 「明日の朝、彼らが出掛けるときに、彼らの一人一人を、ここから撮りましょう。」 「ああ、それはいい考えですねえ。」 「朝、ちょっと早いですけど。」 「仕事ですから、構いません。」 二人は、天軸山の山小屋から出て行った。空から涙のような雨が降っていた。 「ゲリラ豪雨は、きっと空の大泣きなんですね。」 「空の大泣きですか。なるほどね。葛城さんは、イメージ力が優れていますね。」 「えっ、そうですか?」 「いつも、とっても新鮮に聞こえます。」 「同じこと言ってもねえ〜。」 「大体の人は、同じようなことを、繰り返し言ってるんですよ。」 「そうなんですか?」 「年を取れば取るほど。」 「つまり、進歩が止まってるってことですか?」 「そういうことでしょうね。」 それは、いつものアニー特有の中庸の答えだった。 二人は、管理人の家を見ながらログハウスの方向に歩いていた。コスモスの花が雨に濡れていた。 ログハウスに辿り着くと、山田と福之助が出てきた。 「お帰りなさい。もう終わりですか?」山田が言ったので、福之助は黙っていた。アニーが答えた。 「ええ、今日はこれで終わりです。」 二人は中に入った。 テーブルの上に、おはぎの箱が置いてあった。 「姉さん、おはぎを買っておきました。」 姉さんは、急に笑顔になった。 「ああ、そうかい!」 「どうしましょう?」 「アニーさん、早速食べましょう!」 「そうですね。その前に、手を洗いましょう〜!」 「は〜〜〜い!」 二人は仲良く手を洗うと戻って来た。 「福之助、温っかい緑茶を頼む。」 「はい!」 福之助は、ポットと盆に載せた湯呑みを持って来た。姉さんは、山田に向かって微笑した。 「山田さんも、どうぞ。」 「えっ、わたしもいいんですか?」 「もちろんです。ここに座って一緒に食べましょう。」 「はい。じゃあ遠慮なく!」 姉さんは、それぞれの皿に二個のせて配った。それから、お茶を配った。残ったおはぎを窓際の小さなテーブルの上に箱のまま置いた。 「これを、お月様に。」姉さんは手を合わせた。姉さんは、戻って来た。 「では、皆さん、頂きましょう!」 みんなは「頂きま〜す!」と言って食べ始めた。福之助は見ていた。外は雨が降っていた。 「うん、そんなに甘くなくって上品な味で美味しいわ。不思議な味のおはぎですねえ〜。」 「これが、高野山の味ですね。」 山田も答えた。 「半分が古代のもち米の黒米で、半分がうるち米なんです。」 「黒米?」 「縄文時代からのもち米のことです。おはぎのルーツの米です。」 「縄文時代からのですか!?」 「はい、そうです。」 「この紫色のが、そうですね?」 「はい。」 「そういえば、なんだか古代の風景の味がしますねえ〜。」 福之助が首をひねった。 「古代の風景の味?風景に味があるんですか?」 「おまえ、うるさいよ。」 アニーもにこにこしながら食べていた。 「今風でない、とってもデリケートな味ですね。」 「そうです、そうです。その通りです。」 姉さんは、しきりに頷いていた。福之助は知らん顔で見ていた。 「味なんか、どうでもいいじゃないですか。」 姉さんは怒った。 「何だって!」 「栄養になりさえすれば、味なんかどうでもいいじゃないですか。」 「人間は、ロボットとは違うの!味がないと退屈で食べられないの!」 「ああ、そうなんですか。人間って面倒ですねえ。」 「味はな〜〜、人間にとって一番大切なの!」 「食いしん坊だからじゃないんですか?」 「なんだって!」 「ごめんなさい!つい、口が喋っちゃいました。」 「それを言うなら、口が滑ったって言うの。アホ!」 「アホとは何ですか、失礼な!」 「アホも休み休み言え!」 「はい、そうします。」 「まったく、味気のない奴だな〜。」 「味気のない奴?わたしはロボットですよ。食べられませんよ。」 アニーと山田は、笑って見ていた。
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