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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第159回   黒米
「わたしたち人間も、そして熊も、自分を生かすために必死で生きているんですね。誰に命令されているのでもないのに。」
「えっ?」
「いえ、何でもないです。独り言です。」
姉さんの不思議な問いに、アニーは少し考えた。
「葛城さん、雨も止みそうにないし、山田さんも待ってるし、今日はもう帰りましょう。」
「はい!」
「明日の朝、彼らが出掛けるときに、彼らの一人一人を、ここから撮りましょう。」
「ああ、それはいい考えですねえ。」
「朝、ちょっと早いですけど。」
「仕事ですから、構いません。」
二人は、天軸山の山小屋から出て行った。空から涙のような雨が降っていた。
「ゲリラ豪雨は、きっと空の大泣きなんですね。」
「空の大泣きですか。なるほどね。葛城さんは、イメージ力が優れていますね。」
「えっ、そうですか?」
「いつも、とっても新鮮に聞こえます。」
「同じこと言ってもねえ〜。」
「大体の人は、同じようなことを、繰り返し言ってるんですよ。」
「そうなんですか?」
「年を取れば取るほど。」
「つまり、進歩が止まってるってことですか?」
「そういうことでしょうね。」
それは、いつものアニー特有の中庸の答えだった。
二人は、管理人の家を見ながらログハウスの方向に歩いていた。コスモスの花が雨に濡れていた。
ログハウスに辿り着くと、山田と福之助が出てきた。
「お帰りなさい。もう終わりですか?」山田が言ったので、福之助は黙っていた。アニーが答えた。
「ええ、今日はこれで終わりです。」
二人は中に入った。
テーブルの上に、おはぎの箱が置いてあった。
「姉さん、おはぎを買っておきました。」
姉さんは、急に笑顔になった。
「ああ、そうかい!」
「どうしましょう?」
「アニーさん、早速食べましょう!」
「そうですね。その前に、手を洗いましょう〜!」
「は〜〜〜い!」
二人は仲良く手を洗うと戻って来た。
「福之助、温っかい緑茶を頼む。」
「はい!」
福之助は、ポットと盆に載せた湯呑みを持って来た。姉さんは、山田に向かって微笑した。
「山田さんも、どうぞ。」
「えっ、わたしもいいんですか?」
「もちろんです。ここに座って一緒に食べましょう。」
「はい。じゃあ遠慮なく!」
姉さんは、それぞれの皿に二個のせて配った。それから、お茶を配った。残ったおはぎを窓際の小さなテーブルの上に箱のまま置いた。
「これを、お月様に。」姉さんは手を合わせた。姉さんは、戻って来た。
「では、皆さん、頂きましょう!」
みんなは「頂きま〜す!」と言って食べ始めた。福之助は見ていた。外は雨が降っていた。
「うん、そんなに甘くなくって上品な味で美味しいわ。不思議な味のおはぎですねえ〜。」
「これが、高野山の味ですね。」
山田も答えた。
「半分が古代のもち米の黒米で、半分がうるち米なんです。」
「黒米?」
「縄文時代からのもち米のことです。おはぎのルーツの米です。」
「縄文時代からのですか!?」
「はい、そうです。」
「この紫色のが、そうですね?」
「はい。」
「そういえば、なんだか古代の風景の味がしますねえ〜。」
福之助が首をひねった。
「古代の風景の味?風景に味があるんですか?」
「おまえ、うるさいよ。」
アニーもにこにこしながら食べていた。
「今風でない、とってもデリケートな味ですね。」
「そうです、そうです。その通りです。」
姉さんは、しきりに頷いていた。福之助は知らん顔で見ていた。
「味なんか、どうでもいいじゃないですか。」
姉さんは怒った。
「何だって!」
「栄養になりさえすれば、味なんかどうでもいいじゃないですか。」
「人間は、ロボットとは違うの!味がないと退屈で食べられないの!」
「ああ、そうなんですか。人間って面倒ですねえ。」
「味はな〜〜、人間にとって一番大切なの!」
「食いしん坊だからじゃないんですか?」
「なんだって!」
「ごめんなさい!つい、口が喋っちゃいました。」
「それを言うなら、口が滑ったって言うの。アホ!」
「アホとは何ですか、失礼な!」
「アホも休み休み言え!」
「はい、そうします。」
「まったく、味気のない奴だな〜。」
「味気のない奴?わたしはロボットですよ。食べられませんよ。」
アニーと山田は、笑って見ていた。


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