「あっ、龍次たちが帰ってきたわ!」 「仕事が中止になったんですね。」 電動車椅子が、龍次たちの前で止まっていた。サイレン音がして、八輪の自動車が、窓もガラスもない屋根の上の赤い回転灯をピカピカとさせながら走ってきた。窓ガラスは、前面だけにはられていた。 「なあに、あれ!?忍者が乗ってるわ!」 「ハチです。」 「はち?」 「高野山警察の忍者隊月光の水陸万能車です。」 「へ〜〜〜、あれ水の上でも走るんですか?」 「はい。タイヤが浮き袋になっていますから。」 「凄いな〜〜〜!忍者は、忍者隊月光ですか!?」 「はい、そうです!」 「あれが、忍者隊月光か〜〜!」 姉さんは、感激していた。 「どこに行ったんですか?」 「普通でない何かの事故があったんですね。」 「つまり、彼らは、そういうときに出動するんですね?」 「そうです。」 「どんな事故なんだろう?」 「熊やスズメ蜂なんかでも出動するんですよ。」 「そんなこともやるんですか?」 「どこかで、熊が暴れまわっているのかも知れません。」 「どうして暴れまわっているんですか?」 「おそらく食糧不足です。最近は、温暖化によるドングリのナラの木が枯れて、熊も困ってるらしいです。他のドングリの木も、おそらく。」 「それで?」 「はい。」 「困ったもんですねえ〜。」 「ブナの木とかもにも、おそらくないんでしょうね〜。」 「その木にも、ドングリが生るんですか?」 「そば栗と言って、ドングリよりも小さな実が生ります。」 「そば栗?ソバの味がするんですか?」 「そばとは、昔の言葉で尖ったという意味です。」 「じゃあ、小さくって尖っているんですね。」 「はい。ドングリと違って、生でも食べられるんですよ。とっても美味しいんです。人間にも美味しいんですが、熊やリスや猿なんかの好物なんです。」 「そうなんですか!?」 姉さんの目の色が変わった。 「食べたことあるんですか?」 「はい。でも、毎年は生らない貴重なものなんです。」 「あ〜〜、わたしも食べてみたいな〜〜。どんな味なんですか?是非詳しく教えてください、その貴重な味のことを!」 姉さんの目は、なぜか乙女チックにっなっていた。 「そうですねえ、クルミのような感じで、噛んでると甘くなる。そいう感じです。香ばしくてやみつきになる味です。」 「ほ〜〜〜〜ぉ!?それは珍しい味ですな〜〜!」 「クッキーにして食べると、もっと美味しいかも知れません。」 「ほ〜〜〜〜ぉ!実に素晴らしいナイスアイデア!」 姉さんは、未知の味に対しては、科学者のように、どこまでも貪欲だった。 「どこにあるんですか、そのブナという素晴らしい木は?」 「千メートルから千五百メートルくらいのところにあります。龍神スカイラインにもありますよ。」 「そんなに近くにあるんですか?」 「あるとは思いますけど、山に行くには大変ですよ。それに、今年はブナの木が弱っていて、枯れ初めているそうです。夏の異常な暑さで。だから、熊が山から人里に現れているんですよ。」 「やっぱり、それもこれも地球温暖化が犯人なんですね。なんてことだ!」 「熊が出現してるくらいですから、たぶん今年は生っていないでしょう。」 「あ〜〜、そうか〜。」 「インターネットで探せば、売っているかも知れませんよ。」 「そうですね。」 いつの間にか、話題はブナの実の話しになっていた。アニーは話題を戻した。 「彼らは、空も飛べるんですよ。」 「彼らって、熊ですか?」 「違います。忍者部隊月光ですよ。」 「飛べるって、鳥みたいにですか?え〜〜〜!?」 「特殊な独自開発のジェットを背負って飛ぶんです。」 「そういうことですか。それ危なくはないんですか?」 「彼らは、特殊任務の忍者ですから。」 「空を飛ぶのを、見たことあるんですか?」 「はい、デモで見たことがあります。」 「見てみたいな〜。」 「以前は、一般に披露してたんですけど、最近はやってないみたいですね。」 「残念だな〜。」 「動画なら、高野山のホームページにあるんじゃないですか?」 「じゃあ、帰ったら見てみます。」 「そのジェットって、誰でも飛べるんですか?」 「さ〜〜〜あ?」 「もし飛べたら、山にも一っ飛びですね〜。」 「山?」 「ブナの木の山ですよ。」 アニーは笑っていた。姉さんは、本気で考えていた。 「ブナの木が枯れないうちに、なんとかして食してみたいな〜。」 「ブナの木が枯れたら、大変なことになりますよ。」 「そうですねえ、動物が可哀想ですね〜。」 「動物だけではありません。人間もです。」 「人間も?」 「ブナの木が枯れてなくなると雨が降ったら山崩れを起こします。」 「えっ、どうしてですか?」 「ブナの強くて長い根が山を崩れないように守っているんです。ですから、木が枯れなくても、根が弱れば山は脆くなって崩れます。」 「えっ、怖〜〜〜い!」 「ブナの森は緑のダムなんです。」 「あっ、それ聞いたことあります!」 「ヨーロッパでは、森の母と呼ばれているんですよ。」 「あ〜〜、そうなんですか。」 地球環境警察のアニーは、やけに詳しかった。 「ブナの種子は栄養があって、土を豊かにして川に流れ魚や海草の栄養になってるんです。」 「あ〜〜、そうなんですか。」 「南半球にはブナは存在しません。」 「え〜〜、じゃあ日本に似ているニュージーランドにはブナはないんですか?」 「はい。」 「じゃあ、枯れるって事は大変なことなんですね〜。」 「深刻な問題なんですよ。花みたいに、植えれば直ぐに大きくなるってものじゃないんです。」 「簡単には大きくならない?」 「そうです。何百年もかかって大きくなったものなんです。枯れたら、もう駄目です。」 「枯れたら、もう駄目!」 「そうです。枯れた場所には、植えても育ちません。」 「みんなに教えなきゃあ!」 「教えても、急に温暖化は止まりませんよ。」 「あっ、そっか〜!」 姉さんは、途方にくれた目で空を眺めていた。地球の大気の涙のような雨が降っていた。
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