「あ〜〜あ、あの大きな木が邪魔して見えなくなっちゃった。」 きょん姉さんとアニーは、カートから降りて、歩いて行く女性と子供を隠れて見ていた。 「どこに行くんでしょうね?」 「ニワトリ小屋じゃないんですか。さっきからニワトリの鳴き声がしていましたから。」 「あ〜、そうですね。」 アニーは空を見上げた。 「何だか雲行きが怪しくなってきましたよ。」 姉さんも見上げた。 「あっ、ほんとだ。」 「降ってきそうですね。」 「そうですねえ。」 アニーは、手さげ袋から芝生模様のビニールの覆面を取り出した。 「降ってきたら、お面を外して、これをかぶってください。」手渡した。 「はい。」 雨が、ぱらぱらと降ってきた。 「あっ、降ってきたわ!」と言いながら、アニーは覆面をかぶった。姉さんもかぶった。「座ってると、ジーンズが濡れるわ。」二人は、腰を上げた。 「この姿勢、疲れますね。」 「そうですね〜。」 雨が、自然のリズムを刻んで覆面に当たっていた。姉さんは、双眼鏡を覗きながら、アニーに言った。 「でも、なんだか、ロマンチックな音ですねえ〜。」 「そうですか?」 「アニーさんは?」 「センメンタルに聞こえています。」 「センチメンタル?」 「ええ、とっても。」 「雨音は、ショパンの調べですね。」 「ええ、そういう感じです。」 「小林麻美の歌ですよね?」 「そうですね。」 姉さんは、小さな声で歌いだした。 「耳をふさぐ〜指をくぐり〜心痺(しび)らす〜甘い調べ〜♪」 「よく覚えてますねえ〜。」 姉さんは、ここまでで止めた。 「これ以上は忘れました。わたしの父が好きだったんです。」 「お父様は、ロマンチストだったんですね?」 「はい、とっても。」 アニーは雲を見ていた。 「なんだか、本格的に降ってきそうだわ。」 「そうですか?」 「風も吹いてきたし。小屋に非難しましょうか?」 「小屋って?」 「あそこの小屋です。」 小屋は、左斜め後ろに見えていた。 「入れるんですか?」 「はい。鍵を持ってます。」 「あ〜、そうなんですか?」 「じゃあ、行きましょう!」 二人は、急いで小屋に向かった。アニーは鍵を開けて中に入った。姉さんも入った。 中は長方形の十二畳くらいの部屋だった。姉さんはアニーに質問した。 「ここは、誰でも入れるんですか?」 「いいえ、限られた人しか入れません。」 「わたしたちは?」 「限られた人ということですね。大丈夫です、管理人の許可をいただいていますから。」 「さっきの管理人の方ですか?」 「はい。ですから大丈夫です。天軸山に来る前に、山田さんに頼んでおいたんです。」 「あ〜、そうなんですか。山田さんって、どういう方なんですか?」 「お手伝いの方なんですけど、高野山を警備されてる方みたいです。詳しいことは知らないんです。」 「とにかく、わたしたちの味方なんですね。」 「書類では、高野山警察委託の警備会社の社員ということになっています。」 「ああ、そうなんですか。」 「何か?」 「いや、ちょっと。動作が特殊だったもので。」 「動作が特殊?」 「身動きが、訓練されたような感じだったもので。」 「訓練されたような感じ?」 「はい。何か武術をやってるような、そういう感じです。」 「そうですか、わたしも、最初に会ったときから、多少感じてました。」 「で、以前に忍者隊月光かも知れないとか言ったんですね?」 「はい、そうです。」 「確かに、そういう感じですねえ。」 窓際には、椅子とテーブルがあった。 「あそこの椅子に座りましょう!」 「はい。」 二人は座った。アニーは座ると、手さげ袋から、ポットと紙コップを取り出した。 「温かい緑茶が入ってます。飲みます?」 「いいですねえ〜。飲みます飲みます!」 アニーは、紙コップに緑茶を注いだ。 「はい、どうぞ!」 「ありがとうございます。この窓とテーブル、まるで人間村を眺めるために作ってあるみたいですねえ?」 「そう言われれば、そうですね。」 「この窓ガラス、外からは見えないガラスですよね。」 「確かに、そうです。」 二人は、人間村を眺めながら、温かい緑茶を飲み始めた。雨は降っていた。雨音は、ショパンの調べのように聞こえていた。
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