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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第140回   仕事は思いやり
サキと熊さんが、食堂から帰ってくると、紋次郎が立ちすくんで旅人のように遠くの山々を見ていた。サキが声をかけた。
「紋ちゃん、ただいま〜!」
紋次郎は長い爪楊枝(つまようじ)を斜めに咥えていた。
「これが、峠の向こうでござんす。おタエさん…」
「紋ちゃん、何言ってるの?」
紋次郎は、サキに向いた。
「あっ、ごめんなさい!」
「大丈夫?」
「すみません。帰って木枯し紋次郎のビデオを見てたもので。」
「なあんだ、そういうことか。」
熊さんが叱咤した。
「紋次郎、しっかりしろよ。まだ仕事は終わっていないぞ。」
「はい!」
「じゃあ、始めるか!」
「はい!」
「サキちゃん、もういいよ。紋次郎が帰ってきたから。」
「あっ、そうね。じゃあ、紋ちゃん、頑張って!」
「はい!」
サキは集会所に戻って行った。
「紋次郎、そこの出っ張りを、鋸で切ってくれ!」
「はい!」
ギギっ!っと妙な音がした。紋次郎が叫んだ。
「いたたたたた!」
「どうした、紋次郎?」
「間違って、指を切ってしまいました。」
「なにやってんだよ〜、ちょっと見せてみろ。」
紋次郎は「はい!」と言って、左手の人差し指を見せた。
「あ〜〜あ、傷ついちゃって。人間だったら大怪我だぞ!」
「大丈夫です、ロボットですから。」
「ロボットが、いたたたって痛がるのかよ?」
「ただのプログラムなんです。感覚はあるんですけど、痛くはないんです。」
「そうか、紛らわしいなあ。とにかく気をつけてやれよ。」
「はい!」
「魂を入れてな!」
「たましい?」
「根性だよ。」
「こんじょう?」
「あ〜〜、面倒くさいなあ〜。心を入れるんだよ。」
「心を入れる?」
「思いやりを入れるってことですか?」
「思いやりを入れる?」
「心は思いやりだと、大先生は言いました。」
「…そうだよ。思いやりを持って仕事をするんだよ。思いやりを持って道具を使い、思いやりを持って、使う人のことを考えて仕事をする。」
「使うニワトリですけど?」
「そうだよ、ニワトリだよ。ここでは、ニワトリ!」
「物も人間の付き合いと同じ、思いやりをもって付き合わないと、直ぐに壊れる!」
「なるほど!さすが大先生!」
「おまえ、ちょっとオーバーだよ。」
「よ〜〜く分かりました大先生!今、プログラムに新たな認識を加えます!」
「新たな認識?まったく、いちいち面倒くさいなあ。」
職人の熊さんは、少しいらいらしていた。
「何か?」
「何でもないよ。」
紋次郎は熊さんの顔を見ていた。熊さんは、ロボットの相手をするのが面倒になって「独り言だよ。」と言って逃げた。
「ああ、そうですか。」
紋次郎は、熊さんから教わった新たな認識で仕事を始めた。
「仕事は思いやり、仕事は思いやり…」
「最近は、金儲けだけで、思いやりもへったくれもないけどな。虚しい人間ばっかだよ。」
「何か言いました?」
「何でもねえよ。独り言だよ。」
紋次郎は、新たな目の光で燃えていた。
「まったく、単純なやつだな〜。」
「何か言いました?」
「何でもねえよ。独り言だよ。」
ロボットはロボットなりに、一所懸命に頑張っていた。
「ロボットも、まだまだ改良の余地があるな〜。」
「何か言いました?」
「何でもねえよ。独り言だよ。」
「大先生は、独り言が多いんですねえ。独り言は、ボケの始まりですよ。」
「ああ、そうかよ。」
紋次郎は、思いやったつもりだった。
「紋次郎!」
「はい。」
「思ってることを、ぽんぽん言うと、人に嫌われて損するぞ。」
「どういうことですか?」
「…例えばだな、目の不自由な人間に、いくら気の毒だと思っても、目が不自由で大変ですねえ〜とか言ったら、その人間は傷つくだろう。そういうことを言っちゃあ駄目なんだよ。」
「どうしてですか?」
「相手が気にしてること言ったら駄目なんだよ。」
「あ〜〜、そうなんですか。」
「そういうのを思いやりって言うんだよ。分かったか。」
「…分かりました!」


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