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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第139回   忍者ごっこ
「葛城さん、もっと近づいてみましょう。向こうの丘がいいわ。」
「でも、あんまり近づくと、向こうからこちらが見えるのでは?」
「大丈夫です。」
アニーはにやっと笑うと、手さげ袋から、お面とレインコートのようなものを取り出して見せた。
「これを着てください。」
「はい。」
姉さんは黙って着た。
「わ〜〜、芝生だ〜!」
芝生の模様の袖の長いレインコートのようなものだった。ビニールではなかった。
「ポリエステルですか、これ?」
「はい、そうです。はい、お面。」
アニーは、芝生模様のお面を差し出した。
「これを顔につけて完了です。」
姉さんは「わお!」と言ってつけた。
「どうですか?似合ってます?」
「いいですね〜〜。とっても似合ってます!」
「それって、嬉しいのやら、悲しいのやら?」
「はっはっは。」
勿の論、アニーも同様な格好だった。
「アニーさんも、似合ってる〜〜。」
二人は、お面の裏で笑い合っていた。
「さあ、行きましょう!」
アニーは、回り込みながら、丘に近づいて行った。
「よし、ここにしましょう!」
二人は、低木の茂る手前に座り込んだ。
「ここなら大丈夫だわ。」
「そうですね。なんだか、本物の忍者みたいですね。」
「今、ここでやってることは、本物の忍者なんですよ。」
「ああ、そうですねえ!」
二人は双眼鏡カメラを手に取った。
姉さんは呟いた。
「なんだか、わっくわくしてきましたねえ〜。」
「そうですか?」
「シュルケンとかあれば、完璧ですねえ〜。」
「シュルケン?シュルケンじゃなくって、手裏剣(しゅりけん)じゃないんですか?」
「あ〜、それそれ。シュリケン!」
「どうするんですか、そんな物?」
「投げるんですよ、シャッシャッシャ〜〜って!」
「どこに投げるんですか?」
「えっ、どこにって?」
姉さんは、一拍おいた後「空に。」と言った。
アニーは、お面の裏で小さく笑っていた。
「葛城さんって、無邪気で面白いわ。」
「なかなか現れませんね、悪人は?」
「そんなの、ず〜〜っと現れませんよ。」
アニーは、お面の裏で小さく笑っていた。二人は、まるで子供の秘密遊びのように面白がっていた。
「なあんだ、つまんない。」
どこを見ても、人間村は平和そのものだった。
「昨日が、お彼岸の入りだったんですねえ。」
「そうです。」
「すっかり忘れていました。」
「お彼岸には、いつも、おはぎを食べるんですか。」
「はい。アニーさんは?」
「わたしは、あんまり甘いものは…」
「おいしいですよ。日本茶を飲みながら、ぼつぼつと、三個ほど。」
「一度に三個ですか?」
「はい。たった三個ですよ。」
「甘いものを、あんまり食べると太りますよ。」
「食べ過ぎたな〜と思ったら、走り回るんです。」
「走り回る。」
「走り回って、糖分を一気に燃やすんです。」
「どこを走るんですか?」
「あっちこっちです。途中で、公園の木の葉に飛び蹴りをやりながら。」
「飛び蹴りをやりながら?」
「終わったら、実に爽快な気分になりますよ〜。」
「疲れるでしょう?」
「疲れるから、爽快になるんですよ。」
「タフなんですねえ〜。でも、あんまり走ると、膝を悪くしますよ。」
「そういうときには、マウンテンバイクを乗ります。」
「な〜〜るほど。大したものです。」
「昨日が、お彼岸の入り…」
「はい、どうかしたんですか?」
姉さんは、少し大きな声になった。
「だ〜〜から、幽霊を乗せた龍の玉が出たんですね!」
「あ〜、そうですねえ。」
二人は、ぞくぞくっとしてきて、身をすくめた。アニーは、視界の右端を見ていた。
「あっ、さっきのカートだわ!」
二人は、カートの動きに注視した。カートには、女性と小さい子供が乗っていた。姉さんは、少し身をかがめた。
「子供って、大人と違って好奇心が強いから、意外とこいうところに目が行くんですよ。」
アニーも、少し身をかがめた。
「そうなんですよね。」
好奇心の旺盛なカラスが、飛んでやって来た。
「あっ、平吉だ!」
カラスは近くの大きな木に止まった。しきりに何度も首を傾げていた。
「あっち行け、平吉!」
カラスの平吉は動じなかった。姉さんは、お面を外して、もう一度言った。
「あっち行け、平吉!」
まったく動じなかった。姉さんを見るばかりだった。姉さんは、手を押し振って合図した。
「あっちに行けって!」
まったく動じなかった。姉さんは手を合わせた。
「お願い、あっちに行って!いえ〜〜〜い、頼もう〜!」
平吉は飛んで行った。アニーは驚いた。
「わ〜〜、凄い!」
「あら、ほんとに行っちゃった!」
「今のも、紅流ですか?」
「違います。ただの、お願いです。」
「すご〜〜〜い!」
「通じたんですねえ?」
「すご〜〜〜い!」


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