「葛城さん、もっと近づいてみましょう。向こうの丘がいいわ。」 「でも、あんまり近づくと、向こうからこちらが見えるのでは?」 「大丈夫です。」 アニーはにやっと笑うと、手さげ袋から、お面とレインコートのようなものを取り出して見せた。 「これを着てください。」 「はい。」 姉さんは黙って着た。 「わ〜〜、芝生だ〜!」 芝生の模様の袖の長いレインコートのようなものだった。ビニールではなかった。 「ポリエステルですか、これ?」 「はい、そうです。はい、お面。」 アニーは、芝生模様のお面を差し出した。 「これを顔につけて完了です。」 姉さんは「わお!」と言ってつけた。 「どうですか?似合ってます?」 「いいですね〜〜。とっても似合ってます!」 「それって、嬉しいのやら、悲しいのやら?」 「はっはっは。」 勿の論、アニーも同様な格好だった。 「アニーさんも、似合ってる〜〜。」 二人は、お面の裏で笑い合っていた。 「さあ、行きましょう!」 アニーは、回り込みながら、丘に近づいて行った。 「よし、ここにしましょう!」 二人は、低木の茂る手前に座り込んだ。 「ここなら大丈夫だわ。」 「そうですね。なんだか、本物の忍者みたいですね。」 「今、ここでやってることは、本物の忍者なんですよ。」 「ああ、そうですねえ!」 二人は双眼鏡カメラを手に取った。 姉さんは呟いた。 「なんだか、わっくわくしてきましたねえ〜。」 「そうですか?」 「シュルケンとかあれば、完璧ですねえ〜。」 「シュルケン?シュルケンじゃなくって、手裏剣(しゅりけん)じゃないんですか?」 「あ〜、それそれ。シュリケン!」 「どうするんですか、そんな物?」 「投げるんですよ、シャッシャッシャ〜〜って!」 「どこに投げるんですか?」 「えっ、どこにって?」 姉さんは、一拍おいた後「空に。」と言った。 アニーは、お面の裏で小さく笑っていた。 「葛城さんって、無邪気で面白いわ。」 「なかなか現れませんね、悪人は?」 「そんなの、ず〜〜っと現れませんよ。」 アニーは、お面の裏で小さく笑っていた。二人は、まるで子供の秘密遊びのように面白がっていた。 「なあんだ、つまんない。」 どこを見ても、人間村は平和そのものだった。 「昨日が、お彼岸の入りだったんですねえ。」 「そうです。」 「すっかり忘れていました。」 「お彼岸には、いつも、おはぎを食べるんですか。」 「はい。アニーさんは?」 「わたしは、あんまり甘いものは…」 「おいしいですよ。日本茶を飲みながら、ぼつぼつと、三個ほど。」 「一度に三個ですか?」 「はい。たった三個ですよ。」 「甘いものを、あんまり食べると太りますよ。」 「食べ過ぎたな〜と思ったら、走り回るんです。」 「走り回る。」 「走り回って、糖分を一気に燃やすんです。」 「どこを走るんですか?」 「あっちこっちです。途中で、公園の木の葉に飛び蹴りをやりながら。」 「飛び蹴りをやりながら?」 「終わったら、実に爽快な気分になりますよ〜。」 「疲れるでしょう?」 「疲れるから、爽快になるんですよ。」 「タフなんですねえ〜。でも、あんまり走ると、膝を悪くしますよ。」 「そういうときには、マウンテンバイクを乗ります。」 「な〜〜るほど。大したものです。」 「昨日が、お彼岸の入り…」 「はい、どうかしたんですか?」 姉さんは、少し大きな声になった。 「だ〜〜から、幽霊を乗せた龍の玉が出たんですね!」 「あ〜、そうですねえ。」 二人は、ぞくぞくっとしてきて、身をすくめた。アニーは、視界の右端を見ていた。 「あっ、さっきのカートだわ!」 二人は、カートの動きに注視した。カートには、女性と小さい子供が乗っていた。姉さんは、少し身をかがめた。 「子供って、大人と違って好奇心が強いから、意外とこいうところに目が行くんですよ。」 アニーも、少し身をかがめた。 「そうなんですよね。」 好奇心の旺盛なカラスが、飛んでやって来た。 「あっ、平吉だ!」 カラスは近くの大きな木に止まった。しきりに何度も首を傾げていた。 「あっち行け、平吉!」 カラスの平吉は動じなかった。姉さんは、お面を外して、もう一度言った。 「あっち行け、平吉!」 まったく動じなかった。姉さんを見るばかりだった。姉さんは、手を押し振って合図した。 「あっちに行けって!」 まったく動じなかった。姉さんは手を合わせた。 「お願い、あっちに行って!いえ〜〜〜い、頼もう〜!」 平吉は飛んで行った。アニーは驚いた。 「わ〜〜、凄い!」 「あら、ほんとに行っちゃった!」 「今のも、紅流ですか?」 「違います。ただの、お願いです。」 「すご〜〜〜い!」 「通じたんですねえ?」 「すご〜〜〜い!」
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