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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第13回   トワイライトゾーン
コンビニは、大通りを渡って、高野郵便局を過ぎれば直ぐのところにあった。
「ここです。」紋次郎は止まった。
母は、正男に尋ねた。
「正男も行くかい?」
「うん、僕も行く!」
紋次郎は、正男を抱きかかえてリアカーから降ろした。
「ありがとう、もんちゃん!」
「どういたしまして。じゃあ、ここで待ってます。」
母と子は、コンビニの中に入って行った。
中から、店員が出てきた。
「よっ、紋ちゃん!」
伊集院まさとだった。
「まさとさん、ここでバイトしてたんですか?」
「そうだよ。紋ちゃんは、何やってるの、こんなところで?」
「案内してるんです。」
「案内?」
「初めての人を、コンビニまで連れてきたんです。」
「ああ、今の親子?」
「そうです。」
「いろいろと大変だねえ。」
「大したことじゃありません。」
「じゃあ、仕事だから。」
「はい。」
まさとは、店の中に入って行った。車輪足の人型案内ロボットが、「ごめんなさい!」と言って、紋次郎を避けながら通り過ぎて行った。母と子は、五分ほどで出てきた。
「正男の好きな、お菓子とジュースと牛乳だけ買ってきたわ。」
「他に何か欲しいものがあったんですか?」
「果物とか、野菜が欲しかったんだけど。」
「八百屋さんなら、この先にありますよ。」
「ああ、そうなの。」
「八百屋さんに行きますか?」
「お願いします。」
紋次郎たちは、八百屋さんに向かった。
「ここです。」
『となりの八百屋』と書いてあった。
「となりの八百屋、おもしろい名前ね。」
正男は、おとなしくリアカーに乗っていた。
母は、みかんと大根と胡瓜(きゅうり)を買って来た。
隣は、『となりの魚屋』という魚屋だった。
「同じ名前だわ。同じ人がやってるのかしら?」
「そうかも知れません。」
母は、アジの開きを三枚買って来た。
その隣は、『となりの肉屋』という肉屋だった。
「あら、ここも同じ名前だわ。」
母は、店の人に尋ねた。
「ここは、同じ名前なんですねえ、ご親戚か何かですか?」
「はい、親戚なんです。」
「ああ、そうなんですか。どうして、となりという名前なんですか?」
「こう書くんですよ。」
ダンボール箱に指を差した。そこには、【都成】と書いてあった。
「あ〜、そういうことですか。」
母は、十個入り卵を買って来た。
「肉屋さんに、卵があって良かったわ。」
紋次郎は、さりげなく質問した。
「これで、終わりですか?」
「終わりです!」
「それじゃあ、帰りましょう!」
「母ちゃん、それ、ここにのせたらいいよ。」
「紋ちゃん、いいかしら?」
「いいですよ。」
礼子は「ありがとう。」と言ってから、正男の隣に買った物を置いた。
紋次郎は、元来た道には戻らず、そのまま大通りに出た。出たところの角には、レンタル自転車屋があった。橘レンタル自転車だった。人間村の四輪電動自転車が店の前に止まっていた。
「あっ!」
「どうしたんですか?」
「いや、何でもありません。」
紋次郎たちは、四十分ほどで天軸山公園まで戻ってきた。母は、腕時計を見た。
「けっこう掛かったわね、やっぱり。」
「そうですね。」
心地よかった風が少し冷たくなっていた。夕陽が迫っていた。
「あ〜あ、やっぱり、トマトも買ってくればよかったなあ。」
「どうして買わなかったんですか?」
「ちょっと、高かったのよ。一つ百二十円だったんだけど、買っておけばよかったなあ。」
「トマトだったら、そこの家で、新鮮なものを、一個百円で売ってますよ。」
「えっ、どこ?」
紋次郎は、リアカーを引きながら指差した。
「あそこです。」
「ああ、あそこの家なら知ってますよ。女の子がいる家でしょう?」
「はい。」
真由美は、家の前の道路で、かけっこをしていた。紋次郎は声を掛けた。
「真由美ちゃ〜〜〜ん!」
真由美は、駆けてやって来た。
「紋ちゃ〜〜ん、何してるの?」
「買い物して来たんだよ。真由美ちゃんは、何してるの?」
「早く走る練習してるの。」
「お兄ちゃんみたいに?」
「そう。あら〜あ、さっきの人たちだわ。」
礼子が挨拶した。
「また逢ったわね。」
「人間村の人になったんですか?」
「そうなの。よろしくね。」
「こちらこそ、よろしくおねがいします!」
正男も挨拶した。
「こんちちわ!」
「こんにちわ!」
紋次郎は尋ねた。
「真由美ちゃん、トマトを買いたいんだけど、ありますか?」
「あります、あります!いくつ欲しいんですか?」
礼子が答えた。
「三つ、ちょうだい。」
「はい!」
真由美は、家に戻ると、ポリエチレンの袋に入れて、すぐに戻ってきた。
「はい、どうぞ。」
「いくらですか?」
「三百円です。」
「はい、三百円。」
真由美は、ぺこりと頭を下げた。
「どうもありがとうございます!」
紋次郎と母親が歩き始めると、幼い子供たちは、お互い手を振り合って、いつまでもいつまでも、まるで永遠の別れのように「ばいば〜〜い!」と言い合っていた。周りは、すっかりと、トワイライトゾーンになっていた。



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