コンビニは、大通りを渡って、高野郵便局を過ぎれば直ぐのところにあった。 「ここです。」紋次郎は止まった。 母は、正男に尋ねた。 「正男も行くかい?」 「うん、僕も行く!」 紋次郎は、正男を抱きかかえてリアカーから降ろした。 「ありがとう、もんちゃん!」 「どういたしまして。じゃあ、ここで待ってます。」 母と子は、コンビニの中に入って行った。 中から、店員が出てきた。 「よっ、紋ちゃん!」 伊集院まさとだった。 「まさとさん、ここでバイトしてたんですか?」 「そうだよ。紋ちゃんは、何やってるの、こんなところで?」 「案内してるんです。」 「案内?」 「初めての人を、コンビニまで連れてきたんです。」 「ああ、今の親子?」 「そうです。」 「いろいろと大変だねえ。」 「大したことじゃありません。」 「じゃあ、仕事だから。」 「はい。」 まさとは、店の中に入って行った。車輪足の人型案内ロボットが、「ごめんなさい!」と言って、紋次郎を避けながら通り過ぎて行った。母と子は、五分ほどで出てきた。 「正男の好きな、お菓子とジュースと牛乳だけ買ってきたわ。」 「他に何か欲しいものがあったんですか?」 「果物とか、野菜が欲しかったんだけど。」 「八百屋さんなら、この先にありますよ。」 「ああ、そうなの。」 「八百屋さんに行きますか?」 「お願いします。」 紋次郎たちは、八百屋さんに向かった。 「ここです。」 『となりの八百屋』と書いてあった。 「となりの八百屋、おもしろい名前ね。」 正男は、おとなしくリアカーに乗っていた。 母は、みかんと大根と胡瓜(きゅうり)を買って来た。 隣は、『となりの魚屋』という魚屋だった。 「同じ名前だわ。同じ人がやってるのかしら?」 「そうかも知れません。」 母は、アジの開きを三枚買って来た。 その隣は、『となりの肉屋』という肉屋だった。 「あら、ここも同じ名前だわ。」 母は、店の人に尋ねた。 「ここは、同じ名前なんですねえ、ご親戚か何かですか?」 「はい、親戚なんです。」 「ああ、そうなんですか。どうして、となりという名前なんですか?」 「こう書くんですよ。」 ダンボール箱に指を差した。そこには、【都成】と書いてあった。 「あ〜、そういうことですか。」 母は、十個入り卵を買って来た。 「肉屋さんに、卵があって良かったわ。」 紋次郎は、さりげなく質問した。 「これで、終わりですか?」 「終わりです!」 「それじゃあ、帰りましょう!」 「母ちゃん、それ、ここにのせたらいいよ。」 「紋ちゃん、いいかしら?」 「いいですよ。」 礼子は「ありがとう。」と言ってから、正男の隣に買った物を置いた。 紋次郎は、元来た道には戻らず、そのまま大通りに出た。出たところの角には、レンタル自転車屋があった。橘レンタル自転車だった。人間村の四輪電動自転車が店の前に止まっていた。 「あっ!」 「どうしたんですか?」 「いや、何でもありません。」 紋次郎たちは、四十分ほどで天軸山公園まで戻ってきた。母は、腕時計を見た。 「けっこう掛かったわね、やっぱり。」 「そうですね。」 心地よかった風が少し冷たくなっていた。夕陽が迫っていた。 「あ〜あ、やっぱり、トマトも買ってくればよかったなあ。」 「どうして買わなかったんですか?」 「ちょっと、高かったのよ。一つ百二十円だったんだけど、買っておけばよかったなあ。」 「トマトだったら、そこの家で、新鮮なものを、一個百円で売ってますよ。」 「えっ、どこ?」 紋次郎は、リアカーを引きながら指差した。 「あそこです。」 「ああ、あそこの家なら知ってますよ。女の子がいる家でしょう?」 「はい。」 真由美は、家の前の道路で、かけっこをしていた。紋次郎は声を掛けた。 「真由美ちゃ〜〜〜ん!」 真由美は、駆けてやって来た。 「紋ちゃ〜〜ん、何してるの?」 「買い物して来たんだよ。真由美ちゃんは、何してるの?」 「早く走る練習してるの。」 「お兄ちゃんみたいに?」 「そう。あら〜あ、さっきの人たちだわ。」 礼子が挨拶した。 「また逢ったわね。」 「人間村の人になったんですか?」 「そうなの。よろしくね。」 「こちらこそ、よろしくおねがいします!」 正男も挨拶した。 「こんちちわ!」 「こんにちわ!」 紋次郎は尋ねた。 「真由美ちゃん、トマトを買いたいんだけど、ありますか?」 「あります、あります!いくつ欲しいんですか?」 礼子が答えた。 「三つ、ちょうだい。」 「はい!」 真由美は、家に戻ると、ポリエチレンの袋に入れて、すぐに戻ってきた。 「はい、どうぞ。」 「いくらですか?」 「三百円です。」 「はい、三百円。」 真由美は、ぺこりと頭を下げた。 「どうもありがとうございます!」 紋次郎と母親が歩き始めると、幼い子供たちは、お互い手を振り合って、いつまでもいつまでも、まるで永遠の別れのように「ばいば〜〜い!」と言い合っていた。周りは、すっかりと、トワイライトゾーンになっていた。
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