熊さんは、ラジオの人生相談を聞きながら、仕事をしていた。 「この親は馬鹿だな〜。自分の時代で子供を叱ってるよ。まったく、馬鹿な親だよ。時代が違うんだよ、時代が。単純な工場の仕事なんて、もう日本には無いんだよ。」 「そうだよね。」 「工場で働けた運の良かった連中は、戦後の高度成長期に働いてた連中だけだよ。中卒でも工場で雇ってくれたからな。」 「そうだったんだ。今は、高卒でも難しいよね。工場の仕事も専門的になって。」 「そうだな、昔の単純作業の工場と違って、工場の仕事自体も専門的で難しくなってるよな。」 「単純作業の工場の仕事は、もう日本には無いってことね。」 「俺は、運のいい連中の後だったか、一生懸命に頑張って大工になったんだよ。」 「親が認識不足なのね。」 「そういう親に育てられた子供は可哀想だな。親が、就職できて当たり前と思っているんだから。いつまでも工場の労働者の頭なんだよ。」 「そういうことになるね。」 「ああいう連中は、あまり頭を使ってないから、ボケるのも早いしな。」 「熊さ〜〜ん!」 紋次郎の声だった。金網を脇に抱えていた。 「おっ、有ったかい?」 「ありました〜!」 熊さんは、腕時計を見た。 「じゃあ、お昼だから、食べてからにするか!」 紋次郎は元気よく返事をした。 「はい!」 サキちゃんが熊さんに尋ねた。 「熊さん、食堂?」 「そうだよ。」 「わたしも、食堂。」 「じゃあ、一緒に行こう!」 「紋次郎、来てもしょうがないから、充電でもして休んでろ。」 「はい。」 紋次郎は、自分のドームハウスに戻って行った。
食堂の前に、男が突っ立っていた。スケッチブックを持っていた。 気になって、熊さんは歩みを止めた。サキちゃんも止まった。 「何か?」 「あっ、こちらの方ですか?」 「まあ、そうだけど。」 「あの〜、この建物と水車小屋を描きたいのですが、いいでしょうか?」 「いいですよ!と言いたいところだけど、ちょっとまずいかな、なっ、サキちゃん?」 「そうですねえ、責任者に聞いてみないと。絵描きさんですか?」 「絵描きではありませんが、以前、水木しげる先生のアシスタントをやっていた者です。小峰という者です。」 サキちゃんは驚いた。 「え〜〜〜、水木プロダクションの小峰さん!?」 「ご存知で?」 「今朝、朝ドラで見ました。小峰さんって、全国を描いて旅をするって、水木プロダクションを突然に出て行った。あの小峰さんですよね?」 「はい、そうです。」 「え〜〜〜〜え!?」 「無理だったら、けっこうです。」 「似てるけど、どういうこと?」 サキちゃんは、男を不審な目で見た。 男は、「もういいです。どうもすみません。」と言って、去って行った。 「なあに、あの人?」 「小峰さんって、誰?」 「朝ドラに出てきた人です。」 「朝ドラに出てきた人?」 「水木しげる先生のアシスタントです。」 「漫画家の?」 「はい。」 「いつの話し?」 「今日です。」 「今日?」 「ドラマでは、今日です。」 「なんだい、そりゃあ?」 「ほんとうは、かなり昔の話しです。本物だったら、かなりの歳だと思います。あんなに若くは?」 「じゃあ、なんだいありゃあ?」 「いったい、何なんでしょうね?」 二人は、去って行く男を見ながら、しきりに首をひねっていた。食堂の発電用の風車がカラカラと回っていた。
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