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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第127回   水木プロの小峰さん
熊さんは、ラジオの人生相談を聞きながら、仕事をしていた。
「この親は馬鹿だな〜。自分の時代で子供を叱ってるよ。まったく、馬鹿な親だよ。時代が違うんだよ、時代が。単純な工場の仕事なんて、もう日本には無いんだよ。」
「そうだよね。」
「工場で働けた運の良かった連中は、戦後の高度成長期に働いてた連中だけだよ。中卒でも工場で雇ってくれたからな。」
「そうだったんだ。今は、高卒でも難しいよね。工場の仕事も専門的になって。」
「そうだな、昔の単純作業の工場と違って、工場の仕事自体も専門的で難しくなってるよな。」
「単純作業の工場の仕事は、もう日本には無いってことね。」
「俺は、運のいい連中の後だったか、一生懸命に頑張って大工になったんだよ。」
「親が認識不足なのね。」
「そういう親に育てられた子供は可哀想だな。親が、就職できて当たり前と思っているんだから。いつまでも工場の労働者の頭なんだよ。」
「そういうことになるね。」
「ああいう連中は、あまり頭を使ってないから、ボケるのも早いしな。」
「熊さ〜〜ん!」
紋次郎の声だった。金網を脇に抱えていた。
「おっ、有ったかい?」
「ありました〜!」
熊さんは、腕時計を見た。
「じゃあ、お昼だから、食べてからにするか!」
紋次郎は元気よく返事をした。
「はい!」
サキちゃんが熊さんに尋ねた。
「熊さん、食堂?」
「そうだよ。」
「わたしも、食堂。」
「じゃあ、一緒に行こう!」
「紋次郎、来てもしょうがないから、充電でもして休んでろ。」
「はい。」
紋次郎は、自分のドームハウスに戻って行った。

食堂の前に、男が突っ立っていた。スケッチブックを持っていた。
気になって、熊さんは歩みを止めた。サキちゃんも止まった。
「何か?」
「あっ、こちらの方ですか?」
「まあ、そうだけど。」
「あの〜、この建物と水車小屋を描きたいのですが、いいでしょうか?」
「いいですよ!と言いたいところだけど、ちょっとまずいかな、なっ、サキちゃん?」
「そうですねえ、責任者に聞いてみないと。絵描きさんですか?」
「絵描きではありませんが、以前、水木しげる先生のアシスタントをやっていた者です。小峰という者です。」
サキちゃんは驚いた。
「え〜〜〜、水木プロダクションの小峰さん!?」
「ご存知で?」
「今朝、朝ドラで見ました。小峰さんって、全国を描いて旅をするって、水木プロダクションを突然に出て行った。あの小峰さんですよね?」
「はい、そうです。」
「え〜〜〜〜え!?」
「無理だったら、けっこうです。」
「似てるけど、どういうこと?」
サキちゃんは、男を不審な目で見た。
男は、「もういいです。どうもすみません。」と言って、去って行った。
「なあに、あの人?」
「小峰さんって、誰?」
「朝ドラに出てきた人です。」
「朝ドラに出てきた人?」
「水木しげる先生のアシスタントです。」
「漫画家の?」
「はい。」
「いつの話し?」
「今日です。」
「今日?」
「ドラマでは、今日です。」
「なんだい、そりゃあ?」
「ほんとうは、かなり昔の話しです。本物だったら、かなりの歳だと思います。あんなに若くは?」
「じゃあ、なんだいありゃあ?」
「いったい、何なんでしょうね?」
二人は、去って行く男を見ながら、しきりに首をひねっていた。食堂の発電用の風車がカラカラと回っていた。


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