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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第120回   渡り人
ショーケンたちが弁当を食べていると、測量の道具を持った三人の男たちが通り過ぎて言った。
「新しい家でも建つのかな?」
右隣には龍次がいた。
「金持ちの夏場の別荘でしょう。」
左隣にはアキラがいた。
「金のあるやつはいいよな。夏の地獄から、そうやって逃げられるから。結局、下界に残って焼け死ぬのは貧乏人だけってことね。」
龍次は深く頷いた。
「そういうことになりますね。何か、政府が早く手を打たないといけませんね。」
「龍次さん、それでここに来たんだ〜?」
「そういうわけではありませんよ。偶然です。」
上空を渡り鳥が飛んでいた。
「お〜〜すげえ!V字飛行だ!」
「千鳥(チドリ)です。」
「龍次さんは、鳥にも詳しいんだ〜?」
「たまたまですよ。あまり知りません。」
「人間も渡り鳥みたいになるのかなあ〜?」
「どういうことですか?」
「夏は高いところ、冬は低いところ。」
「それは、なかなかいい考えですね。」
「じゃあ、これからは、渡り人の時代だね〜。」
「渡り人か〜、な〜るほど。」
龍次は、渡り人という言葉に、妙に感心していた。五十嵐礼子は、少し離れたところで、一人で食べていた。
「五十嵐さん、どうでしたか、仕事は?」
「はい、少し慣れてきました。」
「そうですか、それは良かった。」
龍次は、それ以上は尋ねなかった。
「ショーケンさん、馴れました、仕事?」
「まあね。」
「それは良かった。」
龍次は、それぞれに気を使っていた。
「俺には尋ねないの、龍次さん?」
「アキラさんは、大分慣れてきましたねえ。」
「そうかな〜〜?」
「なんだか、前からいるような感じですよ。」
「そんな馬鹿な!」
龍次は笑っていた。
「渡り人か〜、不動産屋も沢山来てるし、そうなるのかな〜。」
「これから、別荘が増えるんだ?」
「別荘だけじゃなくって、宅地も増えてますよ。」
「ああ、そうなの?」
「不動産屋が、観光客に『地獄夏の下界から、現世天国の高野山へ!』のチラシを配っていますから。」
「そんなチラシ、配ってるんだ?」
「はい。」
龍次は弁当を食べ終わり、ペットボトルの緑茶を飲んでいた。五十嵐礼子は、何か心配そうな顔をしていたので、龍次が声を掛けた。
「正男くんなら大丈夫ですよ。ポンポコリンが面倒みてますから。今頃は、食堂で食べてますよ。」
「どうもありがとうございます。いろいろと面倒を見ていただいて。」
「困ったときは、お互い様です。みんな弱い人間ですから。」
五十嵐礼子は、涙を流していた。
地球温暖化による人類滅亡の日が、刻一刻と確実に迫っていた。


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