紋次郎は、左脇に丸められた金網を持って、店から出てきた。さっきの男が待っていた。 「すみません、ちょっとだけでいいんです、お話を。」 「ロボット・マラソン大会には出ません。」 紋次郎は駆け出した。男も、後を追って駆け出した。 「ちょっとだけでいいんです〜〜!」 大通りの信号は青だった。紋次郎は急いで渡った。一の橋の前に、人間村の電動自動車が止まっていた。食堂のみっちゃんが乗ろうとしていた。 「あら、紋ちゃん!どこに行くの?」 「人間村に帰るんです。」 「じゃあ、乗せてってあげるわ。」 「あ〜〜、そうですか!」 追い掛けてきた男が、みっちゃんの前で止まった。 「すみません。ロボットの管理者の方ですか?」 「…違いますけど、同じ仲間です。」 「仲間?」 「人間村の仲間です。」 「あ〜〜、人間村のニート革命軍の方ですか!」 「そうです、何か?」 「実は、龍神スカイライン・二足ロボット・マラソン大会があるので、是非この方をと思って。」 「この方って、紋次郎のことですか?」 「はい!」 「そういうことは、一番上の保土ヶ谷さんの承諾が要ります。」 「保土ヶ谷さんに逢って交渉すればいいんですか?」 「まあ、そうですけど、最終的には紋次郎次第です。」 紋次郎は答えた。 「わたしは、マラソン大会なんて真っ平ごめんです。あっしには係わり合いのないことでござんす。さあ、行きましょう!」 みっちゃんは、改めて男に答えた。 「ってことですので、すみません。」 「分かりました。わざわざ、お引き留めして申し訳ありません。」 男は、残念そうな顔をして去って行った。みっちゃんは、紋次郎が脇に抱えて持っているものに目をやった。 「何、それ?」 「鳥小屋の金網です。大先生に頼まれたんです。」 「大先生?」 「熊さん大先生です。」 「な〜んだ、熊さんか!」 「後ろに載せてもいいですか?」 「いいよ。」 紋次郎は、金網を後ろに載せると、電動自動車に乗り込んだ。 「さあ、行きましょう!」 「うん、行こう!」 人間村に向かって走り出した。 みっちゃんは、ハンドルを握りながら質問した。 「大先生って、何の大先生なの?」 「心の大先生です。」 「こころ…」 近くのインターネット喫茶『曼陀羅(まんだら)』で、この前、高野山にやってきた自殺志望の男が、窓際の席に座ってパソコンのキイボードを叩いていた。隣には、若い女性が立っていた。 「で、どうしたんですか?」 「コンビニクーラーってのがあって、それを押入れに入れて熱気を部屋に出して、二人でそこに寝ましたよ。エアコンがないと、あんなに暑いとは思わなかった。」 「コンビニクーラー?あ〜〜、インターネットで安くで売っているやつですね、あれを押入れに!?」 「人間って、いざとなると、いろんなアイデアが出てくるんですね。」 「で、涼しかったんですか?」 「けっこう涼しかったですよ。水の始末に困りましたけど。」 「そうですか、こんど下界の友人に教えよう!」 「あ〜〜、やっぱり友人の安アパートの二階は駄目だなあ〜、あれじゃあ来年の夏は暑くて死んじゃうよ〜。」 「来年も暑いんですかねえ?」 「もう、気温は下がりませんよ。炭酸ガスは増える一方ですから。」 若い女性は、この店の店員だった。 「インターネットのGoo不動産なら、エアコン付の格安の賃貸が沢山ありますよ。」 「えっ、そうですか!?」 「ごゆっくり、どうぞ。」 店員は去って行った。 男は、検索を始めた。国民の不安を煽るので、ニュースでは、あまり報道されてはいなかったが、地獄の夏対策は自主的に各地で行われていた。 「下界は、もう人間の住むところじゃないな〜。」
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