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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第116回   地獄の夏対策
紋次郎は、左脇に丸められた金網を持って、店から出てきた。さっきの男が待っていた。
「すみません、ちょっとだけでいいんです、お話を。」
「ロボット・マラソン大会には出ません。」
紋次郎は駆け出した。男も、後を追って駆け出した。
「ちょっとだけでいいんです〜〜!」
大通りの信号は青だった。紋次郎は急いで渡った。一の橋の前に、人間村の電動自動車が止まっていた。食堂のみっちゃんが乗ろうとしていた。
「あら、紋ちゃん!どこに行くの?」
「人間村に帰るんです。」
「じゃあ、乗せてってあげるわ。」
「あ〜〜、そうですか!」
追い掛けてきた男が、みっちゃんの前で止まった。
「すみません。ロボットの管理者の方ですか?」
「…違いますけど、同じ仲間です。」
「仲間?」
「人間村の仲間です。」
「あ〜〜、人間村のニート革命軍の方ですか!」
「そうです、何か?」
「実は、龍神スカイライン・二足ロボット・マラソン大会があるので、是非この方をと思って。」
「この方って、紋次郎のことですか?」
「はい!」
「そういうことは、一番上の保土ヶ谷さんの承諾が要ります。」
「保土ヶ谷さんに逢って交渉すればいいんですか?」
「まあ、そうですけど、最終的には紋次郎次第です。」
紋次郎は答えた。
「わたしは、マラソン大会なんて真っ平ごめんです。あっしには係わり合いのないことでござんす。さあ、行きましょう!」
みっちゃんは、改めて男に答えた。
「ってことですので、すみません。」
「分かりました。わざわざ、お引き留めして申し訳ありません。」
男は、残念そうな顔をして去って行った。みっちゃんは、紋次郎が脇に抱えて持っているものに目をやった。
「何、それ?」
「鳥小屋の金網です。大先生に頼まれたんです。」
「大先生?」
「熊さん大先生です。」
「な〜んだ、熊さんか!」
「後ろに載せてもいいですか?」
「いいよ。」
紋次郎は、金網を後ろに載せると、電動自動車に乗り込んだ。
「さあ、行きましょう!」
「うん、行こう!」
人間村に向かって走り出した。
みっちゃんは、ハンドルを握りながら質問した。
「大先生って、何の大先生なの?」
「心の大先生です。」
「こころ…」
近くのインターネット喫茶『曼陀羅(まんだら)』で、この前、高野山にやってきた自殺志望の男が、窓際の席に座ってパソコンのキイボードを叩いていた。隣には、若い女性が立っていた。
「で、どうしたんですか?」
「コンビニクーラーってのがあって、それを押入れに入れて熱気を部屋に出して、二人でそこに寝ましたよ。エアコンがないと、あんなに暑いとは思わなかった。」
「コンビニクーラー?あ〜〜、インターネットで安くで売っているやつですね、あれを押入れに!?」
「人間って、いざとなると、いろんなアイデアが出てくるんですね。」
「で、涼しかったんですか?」
「けっこう涼しかったですよ。水の始末に困りましたけど。」
「そうですか、こんど下界の友人に教えよう!」
「あ〜〜、やっぱり友人の安アパートの二階は駄目だなあ〜、あれじゃあ来年の夏は暑くて死んじゃうよ〜。」
「来年も暑いんですかねえ?」
「もう、気温は下がりませんよ。炭酸ガスは増える一方ですから。」
若い女性は、この店の店員だった。
「インターネットのGoo不動産なら、エアコン付の格安の賃貸が沢山ありますよ。」
「えっ、そうですか!?」
「ごゆっくり、どうぞ。」
店員は去って行った。
男は、検索を始めた。国民の不安を煽るので、ニュースでは、あまり報道されてはいなかったが、地獄の夏対策は自主的に各地で行われていた。
「下界は、もう人間の住むところじゃないな〜。」




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