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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第110回   遊界曼陀羅野球
きょん姉さんとアニーが早足で歩いていると、前方をスライダーカートが穏やかなスピードで走っていた。小さい子供が後ろに乗っていた。姉さんは、カートを見ていた。
「あのカート、人間村って書いてあるわ。」
「じゃあ、ちょっとまずいですねえ。」
「どうしましょう?」
「左の道に曲がりましょう。」
「はい。」
二人は、中学校前の広場の方に曲がって行った。広場では、お坊さんの服装をした十人くらいの人たちが、奇妙な図形が白線で描かれた模様のなかで、各自が真言のようなものを唱えながら遊んでいるように見えた。バットのような物を持った者が構えていた。
「アニーさん、何ですか、あれは?」
「遊界曼陀羅野球です。」
「ゆうかいまんだらやきゅう?」
「四角いサイコロボールを投げて、それをバットで打って進む野球です。」
「面白いスポーツというか、遊びですね〜。」
「スポーツでも遊びでもありません。修行なんです。」
「修行なんですか?」
「はい。遊界を無になって彷徨う修行なんです。」
「無になって彷徨う修行?」
「各ポジションに行くと、各ポジションの真言を印を結んで一回唱えます。最終ポジションに早く行った人の勝ちになります。」
「最終ポジション?」
「悟りポジションです。」
「悟りポジション?」
バッターに一番近くの者が、真言を唱えながら下手で投げた。打った!サイコロボールは、誰もいないポジション円内に落ちた。遊界曼荼羅の外にいたものが叫んだ。
「セーフ!」
打者は、そこに走った。印を結んで真言を唱えた。サイコロの目は三だった。三番ポジションの人が打者になった。三番ポジションの人は、印を結んで真言を唱えると、バットを持って構えた。
姉さんは、首を傾げた。
「なんだか、ややこしそうだなあ〜、この遊び?」
「遊びではありません、修行です。」
「あっ、そうか。この修行は難しそうですねえ。打ったサイコロボールが取られたらどうなるんですか?」
「円内に居る人は、その円内から出たらいけません。円内で取られたら、アウトです。」
「アウト?で、どうなるんですか?」
「打者とピッチャーが交代します。」
「交代…、もし空振りしたら?」
「地獄ポジションに落ちるそうですが、詳しいことは知りません。詳しいルールは秘密なんです。」
「詳しいルールは秘密?変な遊びですねえ〜。」
「遊びではありません。修行なんです。」
「あ〜〜、そうか〜。」
「見てても、さっぱり分からないので行きましょう!」
「秘密か〜、やっぱり密教の世界だなあ〜。」
姉さんは、不可解なれど感心して見ていた。
「不思議な遊びじゃなくって、修行だなあ〜。」
「高野山には不思議なことが多いんですよ。」
「外で、アウト!って言った人は?」
「閻魔大王です。」
「閻魔大王!?」
姉さんとアニーは、顔を見合って笑った。
広場を、一匹のウサギがピョンピョンと跳ねていた。
「まるで、ジャングルダンスの世界ですね。」
「ジャングルダンスって?」
姉さんは、左正拳突きを空に突いた。
「荻野目ちゃんの、ジャングルダンス!」
姉さんは、とっても不思議な修行に、なんだか訳もなく楽しくなった。
「なんだ?この不思議な感覚は?」
歌いだした。

 眠れないベッド ウサギが現れて〜 ハロ〜 ♪
 ウインクしながら 手渡す招待状〜 ハロ〜 ♪

「あっ、それ知ってます!みんなの歌でやってましたね!」
アニーも歌いだし、一緒に歌いだした。

 ジャングルダンス〜 裸足で土を踏み ダンスダンス ダンス 朝まで踊る〜 ♪

姉さんは、楽しく歌い終えると、ぺこりとアニーに頭を下げた。
「お付き合いいただいて、まことにありがとうございます!」
「いいえ、どういたしまして。」
「ええっと、何という修行でしたっけ?」
「遊界曼陀羅野球です。」
「つまり、この野球は、遊界曼陀羅の修行なんですね?」
「はい。」
姉さんは、紅流手刀立ちで構えた。空中に、得意の飛び二段前蹴りを放った。そして、着地すると、両の手で大きく円弧を描きながら、咽の奥から奇声を放った。
「遊界〜〜ぃ、曼陀羅!」
姉さんの目は、意味不明に燃えていた。近くにいたカラスが、びっくりして飛び去った。
「正拳!」
姉さんは、右正拳で決めた。アニーは、手を叩いて褒めた。
「葛城さん、お見事!」
姉さんは、照れ笑いした。


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