「あっ、レディ・バグが止まっているわ!」 「レディ・バグ?」 アニーは、姉さんの右肩を優しく、ポンポンと右手の指先で叩いた。 「飛んでいったわ。」 「レディ・バグって何ですか?」 「天道虫(てんとうむし)。西洋では、幸せを運んでくる虫なんです。」 「えっ、そうなんですか?」 「きっと、葛城さんに幸せを運んで来たんだわ。」 「わ〜〜、嬉しい!どうして、レディなんですか?」 「レディは、聖母マリア様を意味しているんです。だから、殺してはいけない虫なんです。」 「そうなんですか。」 奥の院の参道を出たところに、大きな高野槙の木があった。姉さんは、思わず見上げた。 「うわ〜〜〜、この木いいわ〜〜!」 「高野槙(こうやまき)です。高野山の神木です。何がいいんですか?」 「強そうで、背が高くって大きくって!」 「日本固有の木で、世界三大造園木の一つで、貴重な木なんです。水に強くて腐りにくい木なんです。昔は、船とか橋とかに使っていたんです。」 「これ売ってるんですか?」 「売ってるって、木全体ですか?」 「はい。」 「小さな苗木は売ってると思いますが、どうするんですか?」 「家の周りに植えるんです。そしたら木陰になって涼しくなるんじゃないかと思って。」 「涼しくなるとは思いますけど、家よりも高くなるには、そうとうに年月が掛かりますよ。」 「あ〜〜、そうですか。どのくらい?」 「少なくとも、百年以上は。」 「百年以上〜!じゃあ、日本も地球も、そして私も終わっていますね〜。」 「そういうことになりますね。」 「な〜〜んだ、がっかり!」 「それに、高野槙は暑さには弱いんですよ。きっと下界の暑さでは育ちません。」 「そうですか〜〜。ってことは、やっぱり高野山暮らしになっちゃうのかな〜〜。」 「ほんとうに引っ越しを考えているんですか?」 「はい。」 一の橋の前の、大通りに向かう道を、紋次郎が駆けていた。 「あっ、紋次郎だわ!」 紋次郎の後から、男が追いかけていた。 「何だろう?」 アニーが促した。 「とにかく早く帰りましょう。」 「そうですね。」 二人は、ログハウスに向かって、早足で歩き出した。
|
|