きょん姉さんとアニーは、舞姫公園を出て、二の橋交差点に立っていた。右方向に三台の大型のトラックが見えていた。交差点の手前を右方向に曲がって行った。 「あのトラック、何やってるんですか?」 「あっちは、新しい施設や住宅が建っているんです。別荘も建ってるし。」 「別荘?」 「地球温暖化で、高野山が避暑地になってから多くなったんですよ。近場の高地はみなそうですけど。下界の最近の夏は、エアコンなしでは住めなくなっていますからねえ。」 「そうですねえ、下はもう住めませんねえ、ゲリラ豪雨はあるし。」 「ここなら大丈夫です。水は下に流れ落ちますから。」 「でも、下の人は水浸しになりますよ。」 「そういうことになりますねえ。」 「わたしも、高地に引っ越そうかしら?」 「それがいいです。下界は停電でもしたら大変です。」 「停電したら、夏場は死にますね。」 「非常に危険ですね。」 「エアコンがないと生きて行けない世の中になっちまったか。」 姉さんは、大きく溜息をついた。信号が青になった。二人は渡った。 無料の、中の橋駐車場には多くの観光バスを含めた自動車が止まっていた。 「ここは、中の橋なんですか?」 「はい、二の橋とも言います。」 お遍路さんや観光客が歩いていた。姉さんは、本気で引越しを考えていた。 「でも、ここは楽しみが少ないからなあ〜。」 「サッカー場や野球場もできるんですよ。」 「え〜〜〜、そうなの?」 「もう夏の下界では、スポーツはやって行けませんから。暑くて観客も減ってるし。」 「それはいいですねえ。高野山の森林浴のなかでサッカー観戦!」 「野球は好きではないんですか?」 「いいえ。野球はゆっくりと食べられるから大好きです。ポップコーンを食べながらビールやコーラを飲んで…楽しみだなあ〜。いつできるんですか?」 「来年あたりではないでしょうかねえ?」 「来年ですか!」 「後で調べてみます。」 「じゃあ、来年に引っ越すかな〜。野球観戦にはバニラポップコーンが合うんだよな〜。」 「高野山ポップコーンというのもあるんですよ。」 「高野山ポップコーン?」 「高野槙の香りのする、ごまポップコーンです。心身ともに浄化されるそうです。」 「それは、是非に食べてみたいなあ〜。」 キリスト教の牧師さんらしい服装の人が歩いていた。姉さんと目が逢った。軽くお辞儀をして去って行った。 「高野山に牧師さん?」 「ここには、景教の石碑があるんですよ。」 「景教?」 「古いキリスト教です。」 「古いキリスト教?」 「興味ありますか?」 「はい、とっても。」 「これから、ご案内しますわ。」 「近くなんですか?」 「はい、すぐそこです。」 二の橋から奥の院参道に入って、すぐに二手に分かれている道を左の方にまっすぐ進むと、青い『弘法大師夢のお告歌碑』という石碑があって、この石碑を左に進むと見えてくる漢文の大きな石碑があった。その石碑には、『大秦景教流行中国碑』と刻まれてあった。 アニーは、その前で足を止めた。 「これが、景教の石碑です。古代キリスト教の教派のネストリウス派と言って、中国においては景教と呼ばれていたものです。」 「けいきょう…」 「でもこの石碑はレプリカです。本物は、中国にあります。」 「どうしてここに?」 「このレプリカは、明治時代にゴルドン夫人が建てたもので、彼女によると、真言密教は景教に似ているということらしいです。」 「え〜〜〜、そうなんですか?例えば?」 「真言密教では、法要の最初に胸の前で十字を切りますし、灌頂(かんじょう)という儀式には、キリスト教の入信の儀式人のように、頭に水を注ぎます。」 「そうなんですか。他には?」 「その他のことは、わたしは景教に詳しくないので分かりません。でも、聖徳太子も景教の影響を受けていたというし、空海が行った中国には、景教が流行っていましたから。もしかしたら、空海も景教の影響を受けていたのかも知れません。」 「でも、興味深い話しですねえ。」 「隣のが、ゴルドン夫人の墓です。」 「えっ、そうなんですか!」 石碑には、多くの言葉が刻まれてあった。姉さんは、高さ三メートルほどの石碑を仰ぎ見ると、刻まれている文字を読み始めた。 「さっぱり分からないわ。」 「大秦(だいしん)景教流行中国碑の大秦(だいしん)とはローマ帝国をさすそうです。」 「ローマ帝国…」 「漢字ばっかりで、さっぱり分からないや…」 「天地創造からキリストの誕生、景教の教義・儀式を述べています。」 「読めるんですか?」 「はい。それから、大秦景教が唐の西暦六百三十五年に、ペルシャから中国に伝来したと。そして、朝鮮王の太宗(たいそう)・高宗・武則天(ぶそくてん)・中宗・睿宗(えいそう)・玄宗・粛宗(しゅくそう)・代宗・徳宗ら天帝の徳をたたえています。西暦七百八十一年、百五十年を記念して碑を建てたこと、景教が中国に伝来し興隆・衰退した変遷の概況を述べています。」 「アニーさん、凄いなあ〜。こんなのが読めるんだ〜!」 「前に一度読んだことがあるんです。」 「たった一度読んだけで思い出したんですか?」 「はい。」 「やっぱり、アニーさんは秀才だなあ〜。」 「漢文が趣味なんです。」 「漢文が趣味!さっすが〜〜〜!」 姉さんは感心してアニーを見ていた。アニーは携帯電話を取り出した。 「そうだ、福ちゃんに帰ることを伝えなきゃあ。」
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