「いいか紋次郎、よく聞けよ。」 「はい。」 「人間ってのはなあ、親は子を思い、子は親を思って、そして社会のことも考えながら生きているの。一人で生きているのではないの。」 「はい。」 「おまえの質問はな、理屈なんだよ。人間は理屈で生きているんじゃないの。」 「はい。」 「お互いに思いやりながら生きているんだよ。人間は一人では生きられないだよ。」 「はい。」 「人間は自分のためではなくって、子や兄弟や親のため、周りの人のために生きているんだよ。それが、さっきの、人間は何のために生きているのか?の答えだ。」 「自分のためにではないんですか?」 「そういうことだ。人間は自分のためにだけ生きてたらなあ、誰にも相手にされなくなって、孤立して虚しくなって心の病気になって、自分から滅んでしまう。そういう動物なんだよ。」 「先生!」 「なんだい、いきなり先生なんて?」 「分かりました!今やっと悟りました!ありがとうございます!」 「オーバーなやつだな〜。」 「ありがとうございます!」 「それになあ、人間は自分に甘いと、他人に馬鹿にされて、子供扱いされて必ず滅びる。」 「自分に甘いと、子供扱いされるんですか?」 「自分に甘いのは、子供の証拠だよ。馬鹿の証拠。」 「先生!」 「なんだなんだ?」 「心を教えてください!」 「心…」 「はい!」 「心とは、思いやりから生まれる。だから、思いやりのことだな。」 「思いやりが、心なんですね!」 「そういうこと!」 「はい、分かりました!大先生!」 「今度は、大先生かよ。」 紋次郎は、熊さんを尊敬の眼差しで見ていた。 「保土ヶ谷さんは、高野山に来てから、酒も煙草もやらなくなった。なぜだと思う?」 「どうしてですか?」 「もし自分に何かあったら、みんなが路頭に迷うからだよ。思いやりからだよ。」 「自分を大切にすることが、みんなに対する思いやりなんですね。」 「そういうことだな。」 「いろいろと教えていただいて、ありがとうございます!」 紋次郎は、深く頭を下げて、お辞儀をした。 「もういいのかよ?」 「はい!」 熊さんは、今から張る金網を見ていた。 「あっ、困ったな〜。」 「どうしたんですか?」 「金網が足んねえや。」 「どのくらいですか?」 「畳二枚分くらいかな〜。」 「大先生、わたしがコンビニに行って買って来ます!」 「コンビニには、そんな物は売ってないよ。」 「どこに売ってるんですか?」 「マツヤマ金物屋って、知ってる?」 「知りません。どこにあるんですか?」 「石田医院の傍(そば)だよ。分かるかな?」 「あっ、石田医院なら知ってます!じゃあ行ってきます!」 紋次郎は行こうとした。 「おいおいおい!」熊さんは慌てて止めた。 「お金!」 「あっ、そうですね。」 熊さんは、財布から一万円札を抜いて渡した。紋次郎は受け取ると、口に入れた。熊さんは驚いた。 「何だよ、口なんかに入れて?」 「ここが財布なんです。」 「変な財布だなあ。」 「すみません。」 「鳥小屋に使う二十番の亀甲金網っていうやつだからな。」 「鳥小屋に使う二十番の亀甲金網。記憶しました!」 「ちゃんと、領収書をもらってこいよ。」 「分かりました。じゃあ行ってきます!」 紋次郎は出発した。 集会所の外で、事務のサキちゃんが窓ガラスを拭いていた。紋次郎に気が付いた。 「紋ちゃ〜〜ん!どこに行くの〜?」 「大先生に頼まれて、金網を買いに行きま〜す!」 「大先生?」 サキちゃんは、首をひねった。質問しようとしたが、紋次郎の足は速かった。さっさと行ってしまった。 「大先生って、誰だろう?」
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