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作品名:高野山 人間村 作者:毬藻

第100回   柿の葉寿司
きょん姉さんは、ぽつりと空を見上げながら言った。
「このままでは、日本の下界は本当に五十年後には住めなくなるんでしょうかね〜?」
「保土ヶ谷龍次は、そう言ってます。」
「だったら、今の時代に生まれた子供は可哀想だな〜。未来が無くって。」
「そうですねえ…」
「こんな地球になったのは、誰が悪いんでしょう?」
「人間でしょうね…」
「じゃあ、人間の飽くなき欲望が悪いんだ。」
「そうかも知れません。」
「もう駄目ですかねえ、地球は?」
「このままだと、駄目でしょうね。きっと、人間や動物は生きて行けなくなるでしょう。」
「なんとかしなくちゃ!」
「そうです、なんとかしなくてはいけません、人間の英知で。」
「人間の英知ですか、そんなのあるんですかね〜?」
「ありますよ、きっと!」
「わたしには、欲望の人間しか見えません。」
「そういう人ばかりではありませんよ。」
「どこにいるんですかねえ?そういう英知の顔の人は、ちっとも見ないですねえ。」
「そういう人は、大勢集まるところは嫌いだから、人のいないところにいて静かに勉強してるんですよ。隠れて生活しているんですよ。」
「英知じゃなくって、エッチな顔の人はいるんですけどねえ。ぼんくら顔の。」
「きっと、どこかにいますよ。」
「それならいいんだけど…」
姉さんは、すっかりと悲しい顔になっていた。
「葛城さんらしくありませんよ。」
「…この程度なのかな〜、人間は。そういえば、父が時々歌っていたなあ〜。」
姉さんは、悲しい声で小さな声で、吉田拓郎の有名な曲を歌いだした。
「人間なんて〜〜らららららら、ら〜〜らら〜♪」
「結局、人間も、ただの動物ですから。神様ではありませんから。」
「…人間も、ただの動物かあ。」
アニーも、少し悲しくなった。
「葛城さん、ここは大丈夫です、高野山は!」
「えっ、何が?」
「下界とは、六度ほど違います。」
「えっ?」
「いつも、気温が六度ほど低いんです。ここなら大丈夫です。生きて行けます!」
「ここなら、ですか…」
「高い場所なら、きっと生きて行けますよ。」
「そうですか…」
姉さんは、まだしょぼんとしていた。アニーは話題を変えた。
「南海電鉄の高野山行きの天空(てんくう)って知ってますか?」
「いいえ。」
「一度乗ってください。凄くいいんです。」
「何がいいんですか?」
「いわゆる特別列車なんですが、座席が二段になってて、窓に向かって設置してあるんです。」
「窓に向かって設置してある?」
「なぜ窓に向いているかというと、窓の外の景色を見るためなんです。景色が凄〜くいいからなんです。」
「そんなにいいんですか?」
「はい。神秘な高野山までの山や森や川、古い民家などの佇まいを、思わず身を乗り出して見たくなるんですよ。素晴らしい秘境の大パノラマなんですよ。」
「秘境の大パノラマ…」
アニーは、もう一押しした。
「駅弁を食べながら眺めると、最高なんですよ!」
「駅弁を食べながら!」
「はい!」
「それは、窓側に向いている駅弁の食べられるゆったりとした椅子なんですね?」
「はい!駅弁の食べられるゆったりとした椅子なんです!」
姉さんは想像した。
「素晴らしいアイデアですねえ〜!誰のアイデアなんですか?」
「南海電鉄の車掌さんのアイデアです。」
「さすが、南海電鉄の車掌さんだわ!」
「はっ?」
「して、どのような駅弁が?」
「そうですねえ、柿の葉寿司が美味しいですねえ。」
「柿の葉寿司!?」
「弘法大師の大日茶を飲みながら食べると、最高に素晴らしい味になるんです!」
「弘法大師の大日茶?どのようなる味なんですか?」
「そうですねえ、爽やかな幼き頃の太陽の味と言いましょうか、そういう感じです。」
アニーは、コマーシャルみたいに精一杯頑張って喋っていた。
「爽やかな太陽の味…、柿の葉寿し…」
姉さんは、目の色が変わった。にやっと笑った。
アニーは、もう一押しした。
「日曜日に走ってます。今度の日曜日に乗りに行きましょう!」
「えっ、え〜〜〜〜〜〜!ほんと〜〜〜!」
姉さんは、すっかりと元気になった。太陽は、ぎんぎらぎんに光り輝いていた。
アニーは笑って、姉さんに質問した。
「そういうのは欲望ではないんですか?」
言った直後、アニーは内心、『あ〜あ、変なこと聞いちゃった!』と反省した。
姉さんは、あっさりと普通に言い返した。
「これは、適欲と言います。」
アニーは安心した。
「適欲?」
「自分の力の範囲内の、他に迷惑をかけない欲望を、適欲または弱欲と言います。」
「弱欲?」
「強欲の反対です。」
「それはいいんですね?」
「はい。紅流の基本です。合気欲と言って、外気と内気が合わさって正義になります。」
「合気欲…」
姉さんは、右正拳突きを空に突き刺した。
「正拳!」
近くにいた一羽のカラスが、びっくりして飛んで逃げて行った。
姉さんは、すっかり元気になっていた。
「柿の葉寿しか〜〜、楽しみだな〜〜!」
アニーは、姉さんを見ながら微笑んでいた。爽やかな風が吹いていた。
二人の近くを、父と子が歩いていた。女の子だった。
「お父ちゃん、こうやさんの秋は、とっても涼しくって気持ちいいね。」
「昔は、日本のどこでも涼しくって気持ちよかったんだよ。」


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