20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:シュールミント 作者:毬藻

第99回   セイ・ユータウン
平和な森の公園を出ると、スミレちゃんは緊張した声で言った。
「怖いわ〜〜!」
国道には、交通事故で死んだたくさんの、血だらけの亡霊たちが、うめきながら歩いていた。
『痛いよ〜〜!』『苦しい〜〜!』『だれか助けて〜!』
一平にも見えていた。
「裏道はないの?」
「次の信号まではないわ。」
「あの信号って、けっこうあるよ?」
五百メートルはあった。
スミレちゃんは、手を合わせると、念仏を唱え始めた。
「波阿弥陀仏(なむあみだぶつ)、南無阿弥陀仏…」
一平も、小さな声で念仏を唱えながら、必死に用心深く自転車を漕いでいた。歩道は幅広く整備されて、ガードレールもあったが、それでも一平は用心深く走っていた。なぜなら、亡霊たちは、路肩にうずくまって、恐ろしい形相で助けを求めていたから。三歳くらいの女の子も、血だらけで泣きながら助けを求めていた。
救急車が、後方からサイレンを鳴らして通り過ぎて行った。
「また、交通事故かしら?」
「そうかもね。」
自転車は、ようやく国道から裏道に逃れた。
スミレちゃんは、深く息を吐いた。
「あぁ〜〜〜、怖かったわ!」
一平も、深く息を吐いた。
「あ〜〜〜、怖かった!」
「わたしたちも、ああならないように気をつけましょう。」
「そうだね。」
「縄文台を登って下れば、ここを通らずに行けるんだけど。遠回りになっちゃうの。」
「あそこは、登るだけで大変だよ。電池が一気になくなっちゃうよ。」
「そうなんだよね。」
「交通事故で死んだ亡霊が、あんなにいるなんて知らなかったよ。凄い数だね。まるで戦争だね。」
「あの道路ができたときからだから、たくさんいるわ。」
「そういうことか。」
スーパーは、裏通りを抜けて新しい海岸通りの大きな道に、二つ建っていた。
「あそこよ!」
「どっち?」
「分からないわ。」
「分からないの?」
「姉さんに聞かないと。姉さんは、その日の気分で入るの。でも、自転車の置いてあるところを見れば分かるわ。」
「そうだね。」
「じゃあ、右の、セイ・ユータウンから行きましょう。」
「しゃれた名前だねえ。」
「社長が、フランス人になったの。」
「フランス人は、何でもかんでも、しゃれてるからねえ。」
「人生も?」
「そう、人生も。貧乏も芸術にして楽しんじゃうんだよ。」
「おしゃれだわ〜。」
一平が指差した。
「あれ、そうじゃない?」
「そうだわ!」
「ちょうど、隣が空いてるよ。」
けんけん姉さんの電動アシスト自転車は、ソーラーパネルの屋根のある、太陽光充電駐輪場に止めてあった。一平は、けんけん姉さんの、ピンクの自転車の隣に、スミレ号を止めた。
「さあ、行こう!どっち?」
一平が降りると、スミレちゃんも楽しそうに、ぴょんと飛び降りた。
「食品売り場は、こっちよ。」
「ああ、そう。」
大きな声が、後ろから聞こえた。
「どいて、どいて〜!」
後方から、三歳にも満たない女の子が、小さな赤い自転車に乗ってやってきた。
スミレ号を巧みに避けながら通り過ぎて行った。
一平は少し心配そうに見ていた。
「あの子、上手だねえ〜。」
「スーパーの裏に、子供たちだけの自転車公園があるの。」
「ああ、そう。それはいいねえ。」
「早く、交通事故の無い平和な世の中が来るといいのにね。」
「そうだねえ。」
一平は、血だらけで泣き叫んでいる子供の亡霊を思い出していた。
「でも、交通事故はなくならないわ。」
「どうして?」
「動物たちは、走り回るのが好きだから。」
「でも、人間は動物じゃないよ。」
「人間も動物よ。」
「人間には理性と知恵があるよ。」
「あると思ってるだけだわ。」
「そうなのかなあ?」



← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 16821