平和な森の公園を出ると、スミレちゃんは緊張した声で言った。 「怖いわ〜〜!」 国道には、交通事故で死んだたくさんの、血だらけの亡霊たちが、うめきながら歩いていた。 『痛いよ〜〜!』『苦しい〜〜!』『だれか助けて〜!』 一平にも見えていた。 「裏道はないの?」 「次の信号まではないわ。」 「あの信号って、けっこうあるよ?」 五百メートルはあった。 スミレちゃんは、手を合わせると、念仏を唱え始めた。 「波阿弥陀仏(なむあみだぶつ)、南無阿弥陀仏…」 一平も、小さな声で念仏を唱えながら、必死に用心深く自転車を漕いでいた。歩道は幅広く整備されて、ガードレールもあったが、それでも一平は用心深く走っていた。なぜなら、亡霊たちは、路肩にうずくまって、恐ろしい形相で助けを求めていたから。三歳くらいの女の子も、血だらけで泣きながら助けを求めていた。 救急車が、後方からサイレンを鳴らして通り過ぎて行った。 「また、交通事故かしら?」 「そうかもね。」 自転車は、ようやく国道から裏道に逃れた。 スミレちゃんは、深く息を吐いた。 「あぁ〜〜〜、怖かったわ!」 一平も、深く息を吐いた。 「あ〜〜〜、怖かった!」 「わたしたちも、ああならないように気をつけましょう。」 「そうだね。」 「縄文台を登って下れば、ここを通らずに行けるんだけど。遠回りになっちゃうの。」 「あそこは、登るだけで大変だよ。電池が一気になくなっちゃうよ。」 「そうなんだよね。」 「交通事故で死んだ亡霊が、あんなにいるなんて知らなかったよ。凄い数だね。まるで戦争だね。」 「あの道路ができたときからだから、たくさんいるわ。」 「そういうことか。」 スーパーは、裏通りを抜けて新しい海岸通りの大きな道に、二つ建っていた。 「あそこよ!」 「どっち?」 「分からないわ。」 「分からないの?」 「姉さんに聞かないと。姉さんは、その日の気分で入るの。でも、自転車の置いてあるところを見れば分かるわ。」 「そうだね。」 「じゃあ、右の、セイ・ユータウンから行きましょう。」 「しゃれた名前だねえ。」 「社長が、フランス人になったの。」 「フランス人は、何でもかんでも、しゃれてるからねえ。」 「人生も?」 「そう、人生も。貧乏も芸術にして楽しんじゃうんだよ。」 「おしゃれだわ〜。」 一平が指差した。 「あれ、そうじゃない?」 「そうだわ!」 「ちょうど、隣が空いてるよ。」 けんけん姉さんの電動アシスト自転車は、ソーラーパネルの屋根のある、太陽光充電駐輪場に止めてあった。一平は、けんけん姉さんの、ピンクの自転車の隣に、スミレ号を止めた。 「さあ、行こう!どっち?」 一平が降りると、スミレちゃんも楽しそうに、ぴょんと飛び降りた。 「食品売り場は、こっちよ。」 「ああ、そう。」 大きな声が、後ろから聞こえた。 「どいて、どいて〜!」 後方から、三歳にも満たない女の子が、小さな赤い自転車に乗ってやってきた。 スミレ号を巧みに避けながら通り過ぎて行った。 一平は少し心配そうに見ていた。 「あの子、上手だねえ〜。」 「スーパーの裏に、子供たちだけの自転車公園があるの。」 「ああ、そう。それはいいねえ。」 「早く、交通事故の無い平和な世の中が来るといいのにね。」 「そうだねえ。」 一平は、血だらけで泣き叫んでいる子供の亡霊を思い出していた。 「でも、交通事故はなくならないわ。」 「どうして?」 「動物たちは、走り回るのが好きだから。」 「でも、人間は動物じゃないよ。」 「人間も動物よ。」 「人間には理性と知恵があるよ。」 「あると思ってるだけだわ。」 「そうなのかなあ?」
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