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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第98回   お年玉
テントの外で、ホームレスのおじさんが、自分で作ったレンガの囲炉裏で何かを煮込んでいた。一平が、コンビニの前で出会った最初のホームレスのおじさんだった。
「よ〜〜お!」
一平は、スピードをゆるめて挨拶した。
「何を煮てるんですか?」
「牛乳で、里芋を煮てるんだよ。おいしいんだよ!」
「へ〜〜え!」
スミレちゃんが挨拶した。
「昔金持ちのおじさん、こんにちわ〜!」
「よ〜〜、スミレちゃん!」
「おいしそうねえ。」
スミレちゃんは、手を振った。「じゃあねえ!」
おじさんが、手を上げて止めた。
「あっ、待って、スミレちゃん!」
一平は、三輪電動アシスト自転車・スミレ号を止めた。
スミレちゃんは振り返った。
「なあに、おじさん?」
けんけん姉さんが、通り過ぎて行った。
「先に行ってるわよ〜!」
スミレちゃんは答えた。
「は〜〜〜い!」
おじさんが近寄ってきた。
「お年玉、はい!」
おじさんは、お年玉と印刷してある小さな紙袋を手渡した。スミレちゃんは驚いた。
「え〜〜〜?いいの〜、おじさん?」
「いいんだよ。これでも、昔は社長だったんだ。少ないけどね。」
「開けてもいいかしら?」
「後で開けて、がっかりするから。」
「じゃあ、後で開けるわ。どうもありがとう!」
「じゃあな!」
「じゃあね!あっ、本が落ちてる!」
スミレちゃんは、自転車から降りて拾った。表紙には、坂本竜馬の写真が印刷されていた。
「さかもとりょうまの本だわ。これ、おじさんの?」
「違うよ。そんなの読まないよ。」
スミレちゃんは、一平に渡した。
「僕も要らない。」
「じゃあ、落ちていたところに置いておこうっと!」
スミレちゃんは、落ちていたところに置いた。おじさんは、軽蔑の眼で言った。
「そんなの読む奴は、どうせサラリーマンだろう。」
スミレちゃんは、自転車に乗り込んだ。
「サラリーマンは、こういう本を読むの?」
「サラリーマンは、偉人の本やドラマを酒の肴にしているだけなんだよ。」
「そうなんですか?」
「まったく、信念も哲学もない、人真似で生きている節操の無い連中だよ。」
「そうなんですか。」
「雑巾だよ、雑巾。使えなくなったら捨てられちゃうの。」
「それが分かってても、どうにもなりませんよね。」
「そういうことだね。でも、わたしはいやなんだよ。そういう人生は。奴隷の苦悩はいやだよ。」
スミレちゃんは、その言葉には飽きているようだった。
「じゃあ、おじさんには、苦悩はないんですか?」
「あっても、苦悩なんてものは、いつかどこかに飛んでいくさ。」
ホームレスのおじさんは、吉田拓郎の替え歌を歌いだした。

人間なんて ららら〜ららら ら〜らら〜♪
 空に浮かぶ〜 苦悩は〜 いつか〜どこかに飛んでいく〜♪

「分かりました、社長!急ぎますので、これにて!」
「これにて?まるで時代劇だな?」
「さあ、一平。行きましょう!」
「うん!」
一平は、元社長に「じゃあ、また!」と言い残し、走り出した。
「あの人、社長だったの?」
「そうよ。大きな会社の社長さんだったの。」
「ふ〜〜〜ん。」
「奴隷になるくらいならって、ホームレスやってるの。」
「奴隷って、サラリーマンのこと?」
「そう。」
「お金の奴隷になるよりも、自由を選んだんだ。」
「そういうことですね。」
「侍(さむらい)だなあ。」
「そうかしら?ただ、奴隷の人生がいやなんじゃないのかしら?」
「まあ、そういうことだけどね。でも、死を覚悟しないと、自由は得られないよ。」
「そうですね。特殊な人以外は。」
「特殊な人?」
「画家とか、発明家とか…」
「なるほど。」
スミレちゃんは、後ろで「ろ〜れん、ろ〜れん♪」を歌いだした。そして、お年玉の紙袋を開けた。
「ぅわ〜〜〜、一万円だわ〜〜!」
「へ〜〜、凄いねえ!」
「そう言えば、この前、大根で儲かったって言ってたわ。」
「大根で?」
「大根って言ってたわ。」
一平は笑った。
「株だよ、大根じゃないよ。」
「そうそう、カブって言ってたわ。」
「さすが、社長!」
「社長って、カブが好きなの?」
「たぶん、好きじゃないのかなあ。」
「ときどきパソコンを見てるわ。どこに、カブの畑があるうのかしら?」
一平は笑った。
「それは、野菜のカブのことだろう?」
「そうよ。」
「じゃなくって、株券のことだよ。」
「かぶけん?」
「会社にお金を出して、その会社が儲かったら、出した人も儲かるの。」
「ふ〜〜〜ん。でも。そのカブって難しそうですね。」
「難しいよ。世の中や会社のことを知っていないとね。」
「そうなんですか〜。」
「馬鹿には無理だよ。」
「あの社長、有名な大学を出てるって言ってたわ。」
「やっぱりね。」
「それに、縄文台に、大きな家を持ってるのよ。」
「え〜〜〜ぇ!?」
「趣味でホームレスやってるみたい。」
「え〜〜〜ぇ!?」


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