テントの外で、ホームレスのおじさんが、自分で作ったレンガの囲炉裏で何かを煮込んでいた。一平が、コンビニの前で出会った最初のホームレスのおじさんだった。 「よ〜〜お!」 一平は、スピードをゆるめて挨拶した。 「何を煮てるんですか?」 「牛乳で、里芋を煮てるんだよ。おいしいんだよ!」 「へ〜〜え!」 スミレちゃんが挨拶した。 「昔金持ちのおじさん、こんにちわ〜!」 「よ〜〜、スミレちゃん!」 「おいしそうねえ。」 スミレちゃんは、手を振った。「じゃあねえ!」 おじさんが、手を上げて止めた。 「あっ、待って、スミレちゃん!」 一平は、三輪電動アシスト自転車・スミレ号を止めた。 スミレちゃんは振り返った。 「なあに、おじさん?」 けんけん姉さんが、通り過ぎて行った。 「先に行ってるわよ〜!」 スミレちゃんは答えた。 「は〜〜〜い!」 おじさんが近寄ってきた。 「お年玉、はい!」 おじさんは、お年玉と印刷してある小さな紙袋を手渡した。スミレちゃんは驚いた。 「え〜〜〜?いいの〜、おじさん?」 「いいんだよ。これでも、昔は社長だったんだ。少ないけどね。」 「開けてもいいかしら?」 「後で開けて、がっかりするから。」 「じゃあ、後で開けるわ。どうもありがとう!」 「じゃあな!」 「じゃあね!あっ、本が落ちてる!」 スミレちゃんは、自転車から降りて拾った。表紙には、坂本竜馬の写真が印刷されていた。 「さかもとりょうまの本だわ。これ、おじさんの?」 「違うよ。そんなの読まないよ。」 スミレちゃんは、一平に渡した。 「僕も要らない。」 「じゃあ、落ちていたところに置いておこうっと!」 スミレちゃんは、落ちていたところに置いた。おじさんは、軽蔑の眼で言った。 「そんなの読む奴は、どうせサラリーマンだろう。」 スミレちゃんは、自転車に乗り込んだ。 「サラリーマンは、こういう本を読むの?」 「サラリーマンは、偉人の本やドラマを酒の肴にしているだけなんだよ。」 「そうなんですか?」 「まったく、信念も哲学もない、人真似で生きている節操の無い連中だよ。」 「そうなんですか。」 「雑巾だよ、雑巾。使えなくなったら捨てられちゃうの。」 「それが分かってても、どうにもなりませんよね。」 「そういうことだね。でも、わたしはいやなんだよ。そういう人生は。奴隷の苦悩はいやだよ。」 スミレちゃんは、その言葉には飽きているようだった。 「じゃあ、おじさんには、苦悩はないんですか?」 「あっても、苦悩なんてものは、いつかどこかに飛んでいくさ。」 ホームレスのおじさんは、吉田拓郎の替え歌を歌いだした。
人間なんて ららら〜ららら ら〜らら〜♪ 空に浮かぶ〜 苦悩は〜 いつか〜どこかに飛んでいく〜♪
「分かりました、社長!急ぎますので、これにて!」 「これにて?まるで時代劇だな?」 「さあ、一平。行きましょう!」 「うん!」 一平は、元社長に「じゃあ、また!」と言い残し、走り出した。 「あの人、社長だったの?」 「そうよ。大きな会社の社長さんだったの。」 「ふ〜〜〜ん。」 「奴隷になるくらいならって、ホームレスやってるの。」 「奴隷って、サラリーマンのこと?」 「そう。」 「お金の奴隷になるよりも、自由を選んだんだ。」 「そういうことですね。」 「侍(さむらい)だなあ。」 「そうかしら?ただ、奴隷の人生がいやなんじゃないのかしら?」 「まあ、そういうことだけどね。でも、死を覚悟しないと、自由は得られないよ。」 「そうですね。特殊な人以外は。」 「特殊な人?」 「画家とか、発明家とか…」 「なるほど。」 スミレちゃんは、後ろで「ろ〜れん、ろ〜れん♪」を歌いだした。そして、お年玉の紙袋を開けた。 「ぅわ〜〜〜、一万円だわ〜〜!」 「へ〜〜、凄いねえ!」 「そう言えば、この前、大根で儲かったって言ってたわ。」 「大根で?」 「大根って言ってたわ。」 一平は笑った。 「株だよ、大根じゃないよ。」 「そうそう、カブって言ってたわ。」 「さすが、社長!」 「社長って、カブが好きなの?」 「たぶん、好きじゃないのかなあ。」 「ときどきパソコンを見てるわ。どこに、カブの畑があるうのかしら?」 一平は笑った。 「それは、野菜のカブのことだろう?」 「そうよ。」 「じゃなくって、株券のことだよ。」 「かぶけん?」 「会社にお金を出して、その会社が儲かったら、出した人も儲かるの。」 「ふ〜〜〜ん。でも。そのカブって難しそうですね。」 「難しいよ。世の中や会社のことを知っていないとね。」 「そうなんですか〜。」 「馬鹿には無理だよ。」 「あの社長、有名な大学を出てるって言ってたわ。」 「やっぱりね。」 「それに、縄文台に、大きな家を持ってるのよ。」 「え〜〜〜ぇ!?」 「趣味でホームレスやってるみたい。」 「え〜〜〜ぇ!?」
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