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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第97回   朝青龍
スミレちゃんは、三輪アシスト電動自転車・スミレ号の後ろのスミレ座席に座って、ルンルンルンのご機嫌さん気分だった。風小僧が温かい陽気に木の葉を蹴っ飛ばし、草花を蹴っ飛ばして、ひょいひょいひょいと我が物顔に舞っていた。
「ろ〜れん、ろ〜れん、ろ〜〜れん♪」
「何、それ?」
「きゃるびん、たるびん、さるびん、なるびん、とるびん!」
「な〜に、それ?」
「ろ〜は〜いど〜〜!」
「なんだ、そりゃあ?」
「あ〜〜、喉が渇いちゃった!温かい玄米茶でも飲みましょうっと!」
スミレちゃんは、歌うのを止めて、ポットを取り出して蓋に注ぐと、美味しそうに飲み始めた。
「ぅおっほっほ〜!」
「ぅおっほっほ?」
「美味しいわ〜。玄米茶は〜、生きてて良かったわ〜!」
「オーバーだなあ〜。」
「ぅおっほっほ〜、こりゃあ〜おいしい!たまらんぞ〜!」
一平は、ぼやいた。
「ずるいなあ、一人で。」
一平が、障害物を避けようとして、急にハンドルを切った。自転車が揺れた。玄米茶がこぼれた。
「あ〜〜あ、こぼれちゃった!もう少し丁寧に走ってくださいよ〜!」
「あっ、ごめんごめん!」
「あっ、朝青龍だ!」
それはそれは、モンゴルの英雄力士・朝青龍のポスターであった。掲示板に貼られてあった。
「うわ〜〜〜、役者だわ〜〜!」
見得を切って、歌舞伎役者のようだった。
「男らしいわ〜、逢いたいわ〜!」
「いなくなっちゃったねえ〜。」
「だから、相撲は、もう見ないの。」
「そうだねえ、悪役のいない映画は、見ても面白くないよねえ。」
「朝青龍は悪役じゃないわ。モンゴルの英雄よ!」
「そうだねえ。」
「強い人は、心も強いわ。そして子供や年寄りに優しいわ。」
「そうだねえ。」
「子供は、強くて優しい人が好きなの。」
「そうだねえ。」
「これは、とっても大切なことだわ。」
「そうだねえ〜。」
「朝青龍は遠くへ行っちゃあたわ〜。もう日本へは帰って来ないわ〜〜!」
スミレちゃんは泣いていた。
「また遊びに来るよ。」
「そうかしら…」
スミレちゃんは、大きな声で泣き出した。
「わ〜〜〜〜ん!悲しいわ〜!」
「そんなに好きだったんだ〜?」
「あの人の目は、とってもとっても澄んでいたわ〜、まるで子供のように。」
「そうだねえ。」
「とっても、とっても、無邪気だったわ〜。」
「そうだねえ。」
「そこらへんの、いじけた人とは違うわ。根性なしとは違うわ。」
「そうだねえ。」
「あの、朝青龍の無邪気な顔を見たいわ〜。」
「また、来るよ。」
「きっと、モンゴルの空は、澄んでて、とってもきれいなんでしょうねえ。」
「そうだねえ。」
「あの人の目も、とっても澄んでたわ。」
「そうだねえ。」
無邪気でない人間が歩いていた。
「あっ、僻み猿人間キーキーだわ!」
「あっ、どうしよう?」
「逃げましょう!近づくと、僻み根性で鼻を噛みつかれるわ!」
「お〜〜〜、怖!」
「僻み人間は、みな死ねばいいんだわ。そしたら、無邪気で楽しい世の中になるわ。」
「そうだねえ。」
「僻み妬み根性がうつるわ、早く行きましょう!」
「分かった!」
一平は、ペダルを力いっぱい踏み込んだ。


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