スミレちゃんは、三輪アシスト電動自転車・スミレ号の後ろのスミレ座席に座って、ルンルンルンのご機嫌さん気分だった。風小僧が温かい陽気に木の葉を蹴っ飛ばし、草花を蹴っ飛ばして、ひょいひょいひょいと我が物顔に舞っていた。 「ろ〜れん、ろ〜れん、ろ〜〜れん♪」 「何、それ?」 「きゃるびん、たるびん、さるびん、なるびん、とるびん!」 「な〜に、それ?」 「ろ〜は〜いど〜〜!」 「なんだ、そりゃあ?」 「あ〜〜、喉が渇いちゃった!温かい玄米茶でも飲みましょうっと!」 スミレちゃんは、歌うのを止めて、ポットを取り出して蓋に注ぐと、美味しそうに飲み始めた。 「ぅおっほっほ〜!」 「ぅおっほっほ?」 「美味しいわ〜。玄米茶は〜、生きてて良かったわ〜!」 「オーバーだなあ〜。」 「ぅおっほっほ〜、こりゃあ〜おいしい!たまらんぞ〜!」 一平は、ぼやいた。 「ずるいなあ、一人で。」 一平が、障害物を避けようとして、急にハンドルを切った。自転車が揺れた。玄米茶がこぼれた。 「あ〜〜あ、こぼれちゃった!もう少し丁寧に走ってくださいよ〜!」 「あっ、ごめんごめん!」 「あっ、朝青龍だ!」 それはそれは、モンゴルの英雄力士・朝青龍のポスターであった。掲示板に貼られてあった。 「うわ〜〜〜、役者だわ〜〜!」 見得を切って、歌舞伎役者のようだった。 「男らしいわ〜、逢いたいわ〜!」 「いなくなっちゃったねえ〜。」 「だから、相撲は、もう見ないの。」 「そうだねえ、悪役のいない映画は、見ても面白くないよねえ。」 「朝青龍は悪役じゃないわ。モンゴルの英雄よ!」 「そうだねえ。」 「強い人は、心も強いわ。そして子供や年寄りに優しいわ。」 「そうだねえ。」 「子供は、強くて優しい人が好きなの。」 「そうだねえ。」 「これは、とっても大切なことだわ。」 「そうだねえ〜。」 「朝青龍は遠くへ行っちゃあたわ〜。もう日本へは帰って来ないわ〜〜!」 スミレちゃんは泣いていた。 「また遊びに来るよ。」 「そうかしら…」 スミレちゃんは、大きな声で泣き出した。 「わ〜〜〜〜ん!悲しいわ〜!」 「そんなに好きだったんだ〜?」 「あの人の目は、とってもとっても澄んでいたわ〜、まるで子供のように。」 「そうだねえ。」 「とっても、とっても、無邪気だったわ〜。」 「そうだねえ。」 「そこらへんの、いじけた人とは違うわ。根性なしとは違うわ。」 「そうだねえ。」 「あの、朝青龍の無邪気な顔を見たいわ〜。」 「また、来るよ。」 「きっと、モンゴルの空は、澄んでて、とってもきれいなんでしょうねえ。」 「そうだねえ。」 「あの人の目も、とっても澄んでたわ。」 「そうだねえ。」 無邪気でない人間が歩いていた。 「あっ、僻み猿人間キーキーだわ!」 「あっ、どうしよう?」 「逃げましょう!近づくと、僻み根性で鼻を噛みつかれるわ!」 「お〜〜〜、怖!」 「僻み人間は、みな死ねばいいんだわ。そしたら、無邪気で楽しい世の中になるわ。」 「そうだねえ。」 「僻み妬み根性がうつるわ、早く行きましょう!」 「分かった!」 一平は、ペダルを力いっぱい踏み込んだ。
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