「急げ、急げ!急がないと人生は、あっという間に何もしないで棺桶行きだわ!」 一平がスミレちゃんに言った。 「あっ、また死神がいるよ!」 いちょうの木に隠れて、死神が棺桶に座って、こっちに手を振っていた。 「手を振っちゃあ駄目!」 「分かってるよ。」 「見ちゃ駄目よ!」 「分かってるよ。」 死神は、大きな鎌を持っていた。 「自殺する人を待っているんだわ。」 「恐ろしいなあ〜。」
『心の眠気をスッキリ!駒コーラの心すっきりコーヒーは、いかがですか〜〜?』
昨日の駒コーラの彼女・小野節子だった。一平とスミレちゃんに手を振った。一平も、軽く手を振った。スミレちゃんは、見て見ない振りをしていた。 「缶コーヒーって、どうして美味しいのかなあ〜?」 「美味しいと思ってるから美味しいのよ。」 「えっ?」 スミレちゃんは、右手で一平の肩をポンと叩いた。 「右に曲がって、チューリップ花壇を通って行きましょう。」 「どうして?」 「近道なのよ。」 「そうかなあ?」 「早く!」 「分かったよ。」 一平は、仕方なく右に曲がった。けんけん姉さんも、「どうして、そっちに曲がるの〜?」と言いながら、ついて来た。小野節子の向こうでは、昨日の中国語会話の彼女が手を振っていた。 「あっ、昨日の中国語の人だ。」 「早く行きましょう!」 「分かってるよ。でも、缶コーヒーは、どうして美味しいのかなあ?」 「缶コーヒーは、インスタントコーヒーの味にはならないわ。インスタントコーヒーのほうが美味しいと思えば美味しいわ。」 「うん?」 「缶コーヒーのほうが、美味しいと思い込んでるだけよ。」 「そうかなあ?」 チューリップの花壇には、チューリップは咲いていなかった。一平は、ぼやいた。 「花も咲いてないのに…」 スミレちゃんも、ぼやいた。 「ここに、チューリップなんか植えるからいけないのよ。」 「どうして?」 「いざというときに、チューリップは毒があるから食べられないわ。」 「ああ、そういうことか。」 「これからは、地球温暖化で大変なことになるわ。だいこんとかを植えたほうがいいわ。だいこんは、みんな食べられるわ。だいこんの花は綺麗だわ。」 「そうだねえ。でも、オランダ人は、チューリップを食べるんだよ。」 「え〜〜〜、ほんと!?」 「食べられるチューリップだけどね。」 「そんなチューリップがあるの?」 「球根が甘くて美味しいらしいよ。食べたことないけどね。」 「それはいいわねえ。」 「花も食べられるらしいよ。」 「え〜〜〜!?」 けんけん姉さんが追い越して行った。そしてゴミ入れの前で止まった。ゴミ入れの前に、チラシが落ちていた。姉さんは、自転車から降りて拾おうとした。風でチラシが舞い、一平の電動アシスト三輪自転車・スミレ号の前輪が、そのチラシを踏みつけた。一平は自転車を止めた。スミレちゃんが降りてきた。そして、チラシを拾った。 「あ〜あ、お父さんが発明した、水に溶けたら肥料になる、せっかくのスーパーのチラシがしわくちゃだわ。」 「どうするの、捨てるの?」 「なんとか、しわくちゃ!」 「はっ?」 「えへへ〜!だじゃ丸くんになっちゃった!」 姉さんが取りに来た。スミレちゃんは、埃をはたいて渡した。 「はい!」 「何の話をしてたの?」 「食べられるチューリップのはなし。」 「あるわよ。ペタルって言うの。」 「ぺタル?」 「花びらに厚みがあって、シャキシャキしてて、サラダやデザートに食べるの。」 「どこに売ってるの?」 「スーパーじゃあ売ってないわね。インターネットとかでないとね。」 「ふ〜〜〜ん、でも高いんでしょう?」 「そうね。まだ高いわね。」 そんなことには興味のない一平は、ぼんやりと空を見ていた。
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