お医者さんの服装をした中年の男が、拡声器を持ってアナウンスしながら歩いていた。 『最近、若い人の心筋梗塞が増えています。』 何かを売ってる様子はなく、どうやら本物の医師か病院関係者のようであった。 『心筋梗塞を防ぐには、ストレスの軽減が必須です。心筋梗塞の危険因子を高めるのにストレスが関わってます。責任感の強い人は、ストレスを発散するのを後回しにして、物事に没頭する傾向があります。そうなるといきなり心筋梗塞の発作が訪れることになってしまうのです。心筋梗塞のリスクを高めるストレスは趣味や娯楽などでストレス軽減して下さい。買い物もいいでしょう。』 スミレちゃんが、一平に尋ねた。 「しんきんこうそくって、なあに?」 「心臓を動かしてる細い筋肉の血管が詰まる病気だよ。」 「どうして詰まるの?」 「血液が、どろどろになっちゃうんだよ。」 「どうして、どろどろになっちゃうの?」 「肉ばっかり食べて、運動しないで、野菜とかを食べないからだよ。」 「自動車ばっかり乗ってたら、太るよね。心臓も太っちゃあ駄目だよね。」 「そういうことだ。」 「あの人、買い物もいいって言ってたわ。」 「そうだねえ。買い物だよ、これから買い物!」 「買い物してれば、そんな病気にはならないわ!」 「そうだ、そうだ!」 「心臓も大変だわ〜。」 「そういうことだね。」 「心臓も、たまには寝て休まないとね。」 「そんなことしたら、死んじゃうよ。」 「心臓は寝ないの?」 「寝たら大変だよ。寝てるときも、ちゃんと真面目に動いているの。」 「じゃあ、いつ休んでるの?」 「死ぬまで休日はないの。」 「可哀想ねえ!」 「そうだね。」 「少しは休むといいのにねえ。」 「とんとんの間に、ほんのちょっと休んでいるって言ってたよ。お医者さんが。」 「とんとんの間に?じゃあ、とんとん拍子に休んでいるんだ?」 「面白いこと言うねえ〜〜、スミレちゃん!」 「妖精には、二つ心臓があるのよ。」 「え〜〜〜〜〜、まあじ〜!?」 「ええ、右と左に。右は起きてるときの心臓で、左が寝てるときの心臓なの。」 「え〜〜〜〜〜、まあじ〜!?」 「ほんとうよ。」 「そ〜れは凄いや!」 スミレちゃんは、言い終わった後、びっくりした様子で右側を見ていた。 「猿人間キーキーだわ!」 こせこせした、魂の未熟な心の小さく未熟な猿人間キーキーは、物色するように人々を警戒しながら歩いていた。 スミレちゃんは、注意深く猿人間キーキーを、まるで刑事のように見張っていた。 「大変、こっちに来るわ!」 一平は、きょとんとしていた。 「猿人間キーキーって、こっちに歩いて来る人?」 「そう。」 「あの人、ただの人間だよ。妖怪じゃないよ?」 「そうよ、人間よ。でも、猿人間キーキーは、魂が猿だから、妖怪よりも怖いの。」 「そうなんだ?」 「魂のない人間ほど怖い者はないわ。」 「スミレちゃんでも?」 「妖精たちは、人間の魂が見えるの。」 「そうなんだ…」 「正義の妖怪たちにも見えるわ。」 「正義の妖怪?」 「妖怪には、正義の妖怪と、邪悪の妖怪がいるの。」 「そうなんだ…」 「人間は、魂が無くなると、猿人間キーキーになってしまうの。」 「そうなんだ…」 「世の中で、一番怖いの。」 猿人間キーキーの後ろを、死神がくっついて歩いていた。 「あっ、死神だわ!」 死神は、一平にも見えていた。 「あの死神、何してるんだ?」 「きっと、死にたがってる人間を探しているんだわ。」 「怖いねえ〜!」 「どちらにも近づかないほうがいわ!ここにいたら、邪悪な妖怪が集まってくるわ。早く行きましょう!」 一平は、ペダルを力強く踏み込んだ。けんけん姉さんの自転車を追い越してしまった。姉さんも、猿人間キーキーと死神を見ていた。後方で叫んでいた。 「待ってよ〜〜!」
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