スミレ号が、けんけん姉さんの後から走っていると、片倉のおじさんが、大きな欠伸(あくび)をしながら海岸の中央便所から出てきた。一平が、「あっ、いた!」と言ったので、スミレちゃんが一平の横から顔を出して先を見た。 「あっ、片倉のおじさんだわ!」 おじさんは手を振っていた。スミレちゃんは、「消えたら駄目だよ〜!」と言い残し、手を振りながら通り過ぎて行った。おじさんは、何かを言っていたが、聞こえなかった。 けんけん姉さんは、公園入口前の交差点で止まった。後を追っていたスミレちゃんたちも止まった。 ホームレスのデモ隊が、むしろの旗を掲(かか)げて行進していた。
一生懸命働いて〜♪ 地球の空気を どんどん汚しましょう〜♪ 一生懸命働いて〜♪ 動物を追い出し殺して お山に家を建てましょう〜♪ 一生懸命働いて〜♪ クルマでお出かけ 人殺しに出掛けましょう〜♪ 一生懸命働いて〜♪ 他人をけおとし傷つけ 幸せになりましょう〜♪ 一生懸命働いて〜♪ 偉い人間になって 牛豚殺してたらふく食べましょう〜♪ 一生懸命働いた〜♪ 綺麗な服着た偉い人間様の お通りだ〜い♪
母親と男の子が歩いていた。 「一生懸命に働かないと、ああなっちゃうのよ。」 「うん、分かった!」 「あの人たちは、人間のクズよ。」 「うん、分かった!」 「ちゃんと働いて、世の中に迷惑をかけないようにしないとね。」 「うん、分かった!」 ホームレスの集団は、五十人程度だった。姉さんの自転車の隣には、一平とスミレちゃんの自転車が止まっていた。一平は、ペダルに足を乗せていた。急に自転車が発進した。一平は慌ててブレーキをかけた。 「お〜〜、びっくりした!?」 姉さんが教えた。 「電動自転車は、ペダルがアクセルだから、足を踏み込むと駆動するんですよ。」 「ああ〜、そういうことですか!」 「足を乗せないか、スイッチを切っておいたほうがいいです。」 「ああ、なるほど!」 心地よい潮風が、公園に吹いていた。やけに人殺しの自動車が多かった。交通事故で死んだ亡霊たちが、うらめしそうに道路を歩いていた。スミレちゃんは、首をすくめた。 「怖いわ、ここは…」 一平にも、亡霊は見えていた。 「そうだねえ…」 姉さんにも、亡霊は見えていた。 「早く青にならないかなあ〜。」 信号が青になった。 姉さんは、左右を確認すると飛び出した。一平も、左右を確認してから飛び出した。 公園には、自分の感情をコントロールできない彷徨える子供たちや大人たちが、ふらふらと亡霊のように歩いていた。スミレちゃんは、その人々を注意深く見ていた。 「ほら、人は皆、自由の刑に処せられているわ…」 「そうだねえ…」 「どんなに叫んでも、人は誰も助けてはくれないわ。」 「そうだねえ。」 「自分で自分を助けなければ、人は生きてはいけないわ。」 「そうだねえ。」 「人には、多くの感情があるわ。」 「そうだねえ。」 「人は、用心深く泳がないと、その多くの感情に溺れてしまうの。」 「そうだねえ…」 「人は、それぞれに、それぞれの生き方があるの。」 「そうだねえ。」 「用心深く生きないと、自分が自分を殺しにやってくるの。」 「そうだねえ。」 遠くの方から、しゃがれた低音の声が聞こえた。 『そうだねえ、スミレちゃん!いいこと言うねえ!』 スミレちゃんには、その声の主が直ぐに分かった。 「あっ、ハンプティ・ダンプティだ!」 自転車を漕いでいる一平が指差した。 「あそこの大きな木に、変なのがいるよ!」 少し先を走っている、けんけん姉さんも見ていた。 「ハンプティ・ダンプティ!」 ハンプティ・ダンプティは、木の上で、おいでおいでをしていた。スミレちゃんは、少し甲高い声で、二人に向かって叫んだ。 「あっ、ハンプティ・ダンプティが呼んでるわ!」
用心深く生きないと 自分が自分を殺しにやって来る こりゃ大変だ〜 そりゃ大変だ〜 どうすりゃいいんだ〜 どうすりゃいいのさ〜 このわたし 一目散に逃げたって そりゃあ無理ってことですよ だってだってだって 方向音痴なんだもん! ここはどこの細道じゃあ〜?
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