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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第92回   ハンプティ・ダンプティ
スミレ号が、けんけん姉さんの後から走っていると、片倉のおじさんが、大きな欠伸(あくび)をしながら海岸の中央便所から出てきた。一平が、「あっ、いた!」と言ったので、スミレちゃんが一平の横から顔を出して先を見た。
「あっ、片倉のおじさんだわ!」
おじさんは手を振っていた。スミレちゃんは、「消えたら駄目だよ〜!」と言い残し、手を振りながら通り過ぎて行った。おじさんは、何かを言っていたが、聞こえなかった。
けんけん姉さんは、公園入口前の交差点で止まった。後を追っていたスミレちゃんたちも止まった。
ホームレスのデモ隊が、むしろの旗を掲(かか)げて行進していた。

 一生懸命働いて〜♪ 地球の空気を どんどん汚しましょう〜♪
  一生懸命働いて〜♪ 動物を追い出し殺して お山に家を建てましょう〜♪
   一生懸命働いて〜♪ クルマでお出かけ 人殺しに出掛けましょう〜♪
 一生懸命働いて〜♪ 他人をけおとし傷つけ 幸せになりましょう〜♪
  一生懸命働いて〜♪ 偉い人間になって 牛豚殺してたらふく食べましょう〜♪
 一生懸命働いた〜♪ 綺麗な服着た偉い人間様の お通りだ〜い♪

母親と男の子が歩いていた。
「一生懸命に働かないと、ああなっちゃうのよ。」
「うん、分かった!」
「あの人たちは、人間のクズよ。」
「うん、分かった!」
「ちゃんと働いて、世の中に迷惑をかけないようにしないとね。」
「うん、分かった!」
ホームレスの集団は、五十人程度だった。姉さんの自転車の隣には、一平とスミレちゃんの自転車が止まっていた。一平は、ペダルに足を乗せていた。急に自転車が発進した。一平は慌ててブレーキをかけた。
「お〜〜、びっくりした!?」
姉さんが教えた。
「電動自転車は、ペダルがアクセルだから、足を踏み込むと駆動するんですよ。」
「ああ〜、そういうことですか!」
「足を乗せないか、スイッチを切っておいたほうがいいです。」
「ああ、なるほど!」
心地よい潮風が、公園に吹いていた。やけに人殺しの自動車が多かった。交通事故で死んだ亡霊たちが、うらめしそうに道路を歩いていた。スミレちゃんは、首をすくめた。
「怖いわ、ここは…」
一平にも、亡霊は見えていた。
「そうだねえ…」
姉さんにも、亡霊は見えていた。
「早く青にならないかなあ〜。」
信号が青になった。
姉さんは、左右を確認すると飛び出した。一平も、左右を確認してから飛び出した。
公園には、自分の感情をコントロールできない彷徨える子供たちや大人たちが、ふらふらと亡霊のように歩いていた。スミレちゃんは、その人々を注意深く見ていた。
「ほら、人は皆、自由の刑に処せられているわ…」
「そうだねえ…」
「どんなに叫んでも、人は誰も助けてはくれないわ。」
「そうだねえ。」
「自分で自分を助けなければ、人は生きてはいけないわ。」
「そうだねえ。」
「人には、多くの感情があるわ。」
「そうだねえ。」
「人は、用心深く泳がないと、その多くの感情に溺れてしまうの。」
「そうだねえ…」
「人は、それぞれに、それぞれの生き方があるの。」
「そうだねえ。」
「用心深く生きないと、自分が自分を殺しにやってくるの。」
「そうだねえ。」
遠くの方から、しゃがれた低音の声が聞こえた。
『そうだねえ、スミレちゃん!いいこと言うねえ!』
スミレちゃんには、その声の主が直ぐに分かった。
「あっ、ハンプティ・ダンプティだ!」
自転車を漕いでいる一平が指差した。
「あそこの大きな木に、変なのがいるよ!」
少し先を走っている、けんけん姉さんも見ていた。
「ハンプティ・ダンプティ!」
ハンプティ・ダンプティは、木の上で、おいでおいでをしていた。スミレちゃんは、少し甲高い声で、二人に向かって叫んだ。
「あっ、ハンプティ・ダンプティが呼んでるわ!」

 用心深く生きないと 自分が自分を殺しにやって来る
  こりゃ大変だ〜 そりゃ大変だ〜
   どうすりゃいいんだ〜 どうすりゃいいのさ〜 このわたし
 一目散に逃げたって そりゃあ無理ってことですよ
  だってだってだって 方向音痴なんだもん! ここはどこの細道じゃあ〜?



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