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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第89回   老荘思想のおじさん
チベットの好きな詩人のホームレスのおじさんが、安っぽいアクリルの洗面器を持ってやって来た。
「あっ、詩人のおじさんだわ。」
おじさんは、スミレ号の前で止まった。一平もブレーキをかけて止まった。
「おじさん、どこに行くの?」
「お風呂だよ。」
「公園のお風呂?」
「そうだよ。」
「今日はやってるの?」
「二日からやってるよ。」
「石鹸はあるの?」
「あるよ。」
「タオルはあるの?」
「あるよ。」
「じゃあ、行ってらっしゃい!」
おじさんは、「またね〜〜!」と言って、公園の方に歩き出した。
スミレちゃんは、一平の肩をポンと叩いた。
「さあ、行きましょう!」
「分かった!」
一平は、ゆっくりと漕ぎ出した。
「公園に、お風呂があるんだ?」
「ホームレスの人たちのお風呂なの。ホームレスを支援している人たちが、町に頼んで公園に作ってもらったの。」
「そうなんだ。大した町だねえ〜。」
「きっと、町長が、心がポットみたいに温かいんだわ。春のそよ風みたいに優しいんだわ。」
「そうだねえ。」
「公園には、ホームレスの人たちの住む場所もあるのよ。」
「ああ、そうなの。」
「ホームレス村って言うの。」
「テントのあるところ?」
「そう。」
「でも、無料ではないのよ。月に千円払わないといけないの。」
「千円。安いねえ。でも、お金はあるの、あの人たち?」
「ちゃんと働いてるの。公園の掃除をして。一時間掃除をしたら、千円頂けるの。」
「ああ、そうなんだ。」
「とってもいい考えだわ。」
「そうだね。いい考えだね。」
詩人のホームレスのおじさんのテントの前では、猫のタマが留守番をしていた。
スミレちゃんは、「タマ!」と言って挨拶した。タマは「にゃ〜ん!」と挨拶を返した。
一平は、ひたすら自転車を漕いでいた。
「テントは寒くないのかなあ?」
「二重になってるの。中にはマットが引いてあるわ。」
「それでも、冬は寒いんじゃないの?」
「おじさんは、東北の山奥に比べたら、ここは天国だよ、って言ってたわ。」
「ああ、そう。」
「きっと、濁っていない綺麗で冷たい空気の外が空きなのよ。」
「そう言えば、遊牧民はテント暮らしだもんな。」
「ゆうぼくみん?」
「そういう人たちがいるんだよ。」
「どこにいるの?」
「外国。」
「わ〜〜、きっと自然の大地が好きな人たちなのね。逢ってみたいわ〜。」
有名芸術大学出のインテリの絵描きのホームレスのおじさんが、近くでキャンバスを立て、絵を描いていた。スミレちゃんは手を振った。
「ろうそうしそうのおじさ〜〜ん!」
孔子の嫌いな、老荘思想の絵描きのおじさんも手を振って挨拶を返した。
「やあ、スミレちゃん!」
スミレ号は、おじさんの前で止まった。
「探し物は、ここでいよいよ見つかったの?」
おじさんは、スミレちゃんの変な言葉の質問に、変な言葉の返事で答えた。
「ここでいよいよ見つかったよ。」
「良かったねえ〜。」
「ここからが大変なんだよ。」
「どうして?」
「見つかったけれども、暴れるんだよ。」
「何が暴れるの?」
「景色が暴れるんだよ。」
「松の木や海や砂浜が、まだ暴れているんだよ。」
「じゃあ、どうするの?」
「待ってるんだよ。」
「何を?」
「暴れなくなるのを、ひたすら待ってるんだよ。」
「また、待ってるの?」
「待つしかないなあ〜。」
「どのくらい待つの?」
「さ〜〜、分からないな〜〜。人生は短いから、焦らずに待つしかないなあ〜。」
「そうですね〜。」
相変わらず、老荘思想のおじさんは、老荘思想の答えだった。
「夕方まで待って来なかったら、帰るよ。」
「それがいいわ。お腹が空いたら帰ったほうがいいわ。」
「そうするよ。」
老荘思想のおじさんは、深く溜息をついた。スミレちゃんは、溜息挨拶を返した。


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