チベットの好きな詩人のホームレスのおじさんが、安っぽいアクリルの洗面器を持ってやって来た。 「あっ、詩人のおじさんだわ。」 おじさんは、スミレ号の前で止まった。一平もブレーキをかけて止まった。 「おじさん、どこに行くの?」 「お風呂だよ。」 「公園のお風呂?」 「そうだよ。」 「今日はやってるの?」 「二日からやってるよ。」 「石鹸はあるの?」 「あるよ。」 「タオルはあるの?」 「あるよ。」 「じゃあ、行ってらっしゃい!」 おじさんは、「またね〜〜!」と言って、公園の方に歩き出した。 スミレちゃんは、一平の肩をポンと叩いた。 「さあ、行きましょう!」 「分かった!」 一平は、ゆっくりと漕ぎ出した。 「公園に、お風呂があるんだ?」 「ホームレスの人たちのお風呂なの。ホームレスを支援している人たちが、町に頼んで公園に作ってもらったの。」 「そうなんだ。大した町だねえ〜。」 「きっと、町長が、心がポットみたいに温かいんだわ。春のそよ風みたいに優しいんだわ。」 「そうだねえ。」 「公園には、ホームレスの人たちの住む場所もあるのよ。」 「ああ、そうなの。」 「ホームレス村って言うの。」 「テントのあるところ?」 「そう。」 「でも、無料ではないのよ。月に千円払わないといけないの。」 「千円。安いねえ。でも、お金はあるの、あの人たち?」 「ちゃんと働いてるの。公園の掃除をして。一時間掃除をしたら、千円頂けるの。」 「ああ、そうなんだ。」 「とってもいい考えだわ。」 「そうだね。いい考えだね。」 詩人のホームレスのおじさんのテントの前では、猫のタマが留守番をしていた。 スミレちゃんは、「タマ!」と言って挨拶した。タマは「にゃ〜ん!」と挨拶を返した。 一平は、ひたすら自転車を漕いでいた。 「テントは寒くないのかなあ?」 「二重になってるの。中にはマットが引いてあるわ。」 「それでも、冬は寒いんじゃないの?」 「おじさんは、東北の山奥に比べたら、ここは天国だよ、って言ってたわ。」 「ああ、そう。」 「きっと、濁っていない綺麗で冷たい空気の外が空きなのよ。」 「そう言えば、遊牧民はテント暮らしだもんな。」 「ゆうぼくみん?」 「そういう人たちがいるんだよ。」 「どこにいるの?」 「外国。」 「わ〜〜、きっと自然の大地が好きな人たちなのね。逢ってみたいわ〜。」 有名芸術大学出のインテリの絵描きのホームレスのおじさんが、近くでキャンバスを立て、絵を描いていた。スミレちゃんは手を振った。 「ろうそうしそうのおじさ〜〜ん!」 孔子の嫌いな、老荘思想の絵描きのおじさんも手を振って挨拶を返した。 「やあ、スミレちゃん!」 スミレ号は、おじさんの前で止まった。 「探し物は、ここでいよいよ見つかったの?」 おじさんは、スミレちゃんの変な言葉の質問に、変な言葉の返事で答えた。 「ここでいよいよ見つかったよ。」 「良かったねえ〜。」 「ここからが大変なんだよ。」 「どうして?」 「見つかったけれども、暴れるんだよ。」 「何が暴れるの?」 「景色が暴れるんだよ。」 「松の木や海や砂浜が、まだ暴れているんだよ。」 「じゃあ、どうするの?」 「待ってるんだよ。」 「何を?」 「暴れなくなるのを、ひたすら待ってるんだよ。」 「また、待ってるの?」 「待つしかないなあ〜。」 「どのくらい待つの?」 「さ〜〜、分からないな〜〜。人生は短いから、焦らずに待つしかないなあ〜。」 「そうですね〜。」 相変わらず、老荘思想のおじさんは、老荘思想の答えだった。 「夕方まで待って来なかったら、帰るよ。」 「それがいいわ。お腹が空いたら帰ったほうがいいわ。」 「そうするよ。」 老荘思想のおじさんは、深く溜息をついた。スミレちゃんは、溜息挨拶を返した。
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