スミレちゃんは、大きな声で、チャイナ服の美女に質問した。 「さようならは、何て言うんでしょうか?」 すると、彼女は即座に微笑んで答えた。 「ザイ・ジェンよ。」 スミレちゃんは、手を振った。それから大きな声で言った。 「ザイ・ジェン!」 スミレちゃんは、一平のお尻を叩いた。 「れっつご〜!」 一平は、仕方なくペダルを踏み込んだ。チャイナ服の美女は、慌てて止めた。 「あっ、ちょっと待って!」 カードを、若者に手渡した。若者は、黙って受け取った。 「レッスン1修了カードです。次回これを見せてください。」 「あっ、はい!必ず来ます!」 スミレちゃんは、若者に命令した。「れっつご〜、一平〜!」 三輪自転車スミレ号は走り出した。 「必ず来ますって、ずいぶんと暇ですねえ!」 「あいさつだよ、挨拶。」 「あなたって、気が多いのね。」 森の公園の中央あたりでは、なにやら大きな工事が行われていた。 「凄いクレーンだなあ。」 一平は、思わず自転車を止めた。 「地下工事みたいだなあ…」
【 猛暑緊急避難用地下シェルター 工事中 】
「猛暑緊急避難用地下シェルター。」 「何に使うの?」 「暑くなったら、ここに非難するんだよ。」 「ふ〜ん。人間は大変ね。」 「スミレちゃんは、大丈夫なの?」 「妖精は、いろんなものに変身できるし、妖精は大地があれば、大地の中に隠れるから、暑くても大丈夫なの。」 「いいねえ。」 「どうして暑くなるの?」 「二酸化炭素が増えるからだよ。」 「どうして?」 「人間が、無闇に物を燃やしたり、無闇に自動車で動き回るからだよ。」 「だったら、お釈迦様のように、ゆっくり考えて、きちんと間違いなく動きましょうよ。」 「偉い人間はできるけど、馬鹿には無理だよ。」 「どうして?」 「そんなの、馬鹿にはできないよ。馬鹿は自己中心で欲望だけで生きているから。」 「無理でもやらなきゃあ。人間はみんな死んでしまうわ。」 「みんなが、お釈迦様になるなんて、そんなことは絶対に無理だよ!」 「なんでなの?」 「なんでなのって…、無理なの!」 「じゃあ、馬鹿は殺しましょうよ。」 「えっ!?スミレちゃんは時々ハードボイルドなこと言うねえ。」 「ハードボイルド?」 「皆殺しの映画がみたいなことを言うねえ。」 「わ〜〜〜、それ面白そうだわ〜!悪い奴は、みんな一人残らず殺せばいいわ!きっと平和な世の中になるわ。」 「残酷な映画だよ。」 「人間は、平気で、牛や豚を殺して食べているわ。そっちのほうが残酷だわ。」 「牛や豚と、人間は違うよ。」 「どこが違うの?」 「どこって、魂が違うよ。人間は利口で尊いんだよ。」 「とうとい?」 「偉いの。」 「そうかしら?無闇に自動車で動き回って、自然や他の生物に迷惑をかけているわ。どこが利口なの?どこが偉いの?」 「まあ、そういう人もいるけどさ。」 「人間は、生物の敵、大地の敵だわ!」 「今、いろいろと学習しているんだよ。」 「学習したら、お釈迦様みたいになれるの?」 「そりゃあ、無理だね。」 「だったら、やっぱり、皆殺しよ!」 「結局、そうなっちゃうんだなあ〜?まるで、ヒットラーみたいだなあ〜。」 「ヒットラー?」 「昔、そういう人がいたんだよ。」 「その人、偉い人だわ〜!」 「ちっとも偉くなんかないよ。気に入らない人間は、皆殺しにしたんだから。」 「きっと、馬鹿を皆殺しにしたんだわ。気持ちがいいことだわ〜!」 「馬鹿じゃなくって、気に入らない人間。そういうのは、人間じゃないって殺したの。」 「そういう、ちゃんとした人もいたんだねえ。」 「ちゃんとした?」 「他の動物は、ルールを乱す仲間は、平気で殺すわ。全体のために。」 「人間が人間を殺さなくても、温暖化によって、病気や食料不足で死んじゃうよ。自業自得だね。」 「一平さんも、死んじゃうの?」 「多分ね。」 スミレちゃんは、悲しい顔になって黙った。泣き出しそうな表情になっていた。 「誰が悪いの?」 「人間の本能かな、それとも社会システムが悪いのかな…」 背後から、白人の亡霊がやってきた。 「なんということだ…」 一平は振り返った。 「あなたは誰ですか?」 「アダム・スミスです。」 「あだむすみす…」 一平は、どこかで聞いたような名前だったが、思い出せなかった。 「ここまでは予期していなかったよ、地球環境のことまでは…」 アダム・スミスの背後から、笑い声が聞こえた。 「はははははは、所詮そんなものだよ。人間の欲望に任せた君の経済学なんて。」 アダム・スミスは、振り返った。 「君は、科学的社会主義のカール・ハインリヒ・マルクス!」 それは、マルクスの亡霊だった。マルクスは、勝利したような表情で、皮肉っぽく微笑んでいた。 「神の見えざる手は、悪魔の見えざる手になってしまったようだね。実に滑稽なはなしだね。」 アダム・スミスは、反論しなかった。できなかった。 マルクスは、言葉の鉄槌を彼に加えた。 「人間の欲望に任せたシステムなんて、所詮こんなものだよ。はっははは!」 マルクスは、勝利したように笑っていた。
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