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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第76回   バチが当たる!
公園の前の道路の歩道を、汚いダンボールをかぶった、妖怪喘息小僧が歩いていた。
スミレちゃんは、一平に命令した。
「ストップ!」
ガソリン自動車が、ガソリン臭を吐きながら凄いスピードで道路を走って行った。
妖怪喘息小僧が、ダンボール箱のなかでゼエゼエと苦しそうに息をしながら、二人の前を通り過ぎて行った。交通事故で死んだ亡霊たちが、『痛いよ〜!痛いよ〜!』と言い合いながら血だらけの顔で歩いていた。
「自動車の走る道路は怖いわ。まるで地獄だわ!」
「そうだね!」
「まるで、戦争だわ〜。」
「そうだねえ。」
「みぎ、ひだり、オッケー!ゴ〜!」
一平は、力強くペダルを踏み込んだ。三輪自転車スミレちゃん号は、横断歩道を渡った。
「公園を回るよりも、公園の中を行ったほうが早くて安全だわ。」
「あっ、そう。じゃあ、そうしよう。」
自転車は、公園に入って行った。
大きなイチョウの木の下で、芸大出の画家のホームレスのおじさんが、キャンバスを持って座っていた。
一平は、自転車を止めた。
「ろうそうしそうの画家のおじさんだわ。」
「おお、スミレちゃん!」
昨日の、元大学の先生の絵描きのホームレスおじさんだった。
「おお、君は、昨日の!?」
「昨日は、どうも。何を描いてるんですか。」
「待ってるんだよ。」
「何を待ってるんですか?」
「それが分からないから、待ってるんだよ。」
「なるほどね。」
いつもの答えに、スミレちゃんの決断は早かった。
「わたしたち急ぎますので、また逢いましょう。さようなら!」
一平は走り出そうとした。おじさんが止めた。
「そんなに急いだら、電池が無くなるよ。」
「えっ?」
「寿命の電池がなくなっちゃうよ。」
「はあ?」
「早く動かすと、電池の消耗が早いぞ。」
「そうなんですか?」
「ゆっくりと、いろんな移り変わる時間を眺めて生きるんだよ。そしたら、いろんなものが見えてくる。」
「はい、そうします。」
スミレちゃんは、一平に促した。
「早く行きましょう!」
自転車は走り出した。走っていると、大きな蜂が飛んできた。一平は、自転車を止めた。
「スズメバチかなあ〜?怖いなあ〜」
ブ〜〜〜ン!
スミレちゃんが叫んだ。
「危ない!」
一平は、頭を下げた。
スズメバチのようなものが、通り過ぎていった。胴体は金色に光っていた。
「ぅわっ、な〜にあれ!?蜂?」
「蜂じゃないわ。バチよ。」
「バチ!?」
「罰(ばち)が当たる、バチよ。」
「え〜〜!そんなのがいるの?」
「バチが当ると、大変なことになるわ。」
「あ〜〜、良かった!」
「心の汚れた人には見えないの。だから当るの。」
「え〜〜、そうなの!」
「きっと、どこかに、バチの巣があるんだわ。」
「バチの巣!?」
「ほら、あそこよ。」スミレちゃんは、指差した。
直径一メートルほどの金色の巣が、大きなポプラの枝にぶらさがっていた。
「バチたちが、ばちばち言ってるわ。」
「ぅわ〜〜〜!」
「バチが当るから、早く行きましょう!」

公園の中央にある広場には、ソフトドリンクの売り子がいた。
「豊かな心になれる、駒コーラの心緑茶はいかがですかあ〜。」
「あっ、昨日の売り子だ。」
「試飲たったの五十円ですよ〜!」
一平は、彼女の前で自転車を止めた。
「こんにちは、昨日はどうも。」
「あっ、高坂さん。」
「わ〜〜、僕の名前、覚えていてくれたんだ。嬉しいなあ〜!」
「勿論ですよ。この子は?」
「スミレちゃんって言うんです。」
スミレちゃんは、挨拶した。
「スミレです。よろしくね。」
「わたし、小野節子。よろしくね。どこに行くんですか?」
スミレちゃんは、不気味に笑っていた。
「地獄〜〜〜!」
「地獄?」
「なあに言ってるの、スミレちゃん?」
「綺麗な花には棘(とげ)があるわ。」
「えっ、ひょっとして、わたしのこと?」
スミレちゃんは、彼女を睨んでいた。
「急いでいるので、失礼します!」
「えっ、もう行くの?」
「れっつ、ご〜〜!」
一平は、仕方なく走り出した。
公園の掲示板の前だった。
「ちょっと待って!」
一平は、自転車を止めた。
「どうしたの?」
スミレちゃんは、掲示板に貼ってある張り紙を見ていた。
「この人、そこらへんを歩いている人とは違うわ。」
「えっ?」
「人の心を深く読める、鋭く澄んだ目をしてるわ。」
「そりゃあそうだよ。これは、将棋の羽生名人だもん。」
「…逢ってみたいわ。」
「それは無理だよ。こんなところにはいないよ。」
「残念だわあ。」

中年の男が、なにやらブツブツ言いながら歩いて来た。するとバチが飛んできて当った。バチの見えて

ない男はびっくりして見上げた。上空から鳩の糞が落ちてきて、その男の口に入った。
男は、思わず叫んだ。
「ぅわ〜〜〜!」
どこからか、およよ妖怪たちが出てきた。
右手を天にかざして、「およよ。」
左手を天にかざして、「およよ。」
と言いながら。
それはそれは、滑稽な五十センチほどの五体の妖怪たちだった。一平の前まで辿り着くと、奇妙な歌

を唄いだした。

 幼い小さな心は 風任せ
  ひらひらひらひら 風任せ
   ゆらゆらゆらゆら 風任せ
     漂うだけで 疲れ果てて 生きていく
      漂うだけで 疲れ果てて 死んでいく

その奇妙な妖怪たちは、バチが当った男のところで足を揃えて止まった。そして静かに諭した。
「人生、生きるも八卦(はっけ)、死ぬも八卦(はっけ)。旦那、先を読んで生きないと、死にまっせ。」
と言い残し、去って行った。
風を感じる余裕の無い男には、妖怪たちの姿は見えていなかったし、声も聞こえてはいなかった。
その男は、
「くそ〜〜!」
と叫んで、どこかに去って行った。


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