「風魔小太郎のおじさんに教えてもらったの。指の組み方も教えてもらったけど、忘れたわ。」 みんなは、スミレちゃんを睨み、黙っていた。なぜか、若者だけが、空を見上げながら笑みをもらしていた。 涌井いづみが、口を開いた。 「風魔小太郎…」 スミレちゃんは、即座に答えた。 「そうよ。」 龍次がやってきて、スミレちゃんの前で腰を落とした。 「スミレちゃん、何て言ったの、今?」 「おん、かかか、びさんまえい、そわか。」 「ちょっと、待ってね。」 龍次は、胸のポケットから電子手帳を取り出した。 「もう一回言って。」 「おん、かかか、びさんまえい、そわか。」 「おんかかか、なんだっけ?」 「びさんまえい、そわか。」 「びさんまえいそわか、ね…で、意味は?」 「そんなの、知らないわ。」 涌井いづみが、しなしなと、マリリンモンロー歩きでやって来た。龍次の前で、お尻を突き出して止まった。 突然、お尻が目の前に現れたので、龍次は面食らった。後ろに倒れそうになった。 「おお〜〜!」 涌井いづみは、目を閉じ、微笑んでいた。 「スミレちゃん…」 「なあに?」 「私の目を見て。」 「いいわよ。」 涌井いづみは、スミレちゃんの目を睨んだ。 スミレちゃんの目は、溢れ出ようとする涙をこらえていた。スミレちゃんは、今にも泣きそうだった。涌井いづみは、即座に普通でない何かを悟った。 「…ごめんね、スミレちゃん!もういいわ。」 「もういいの?」 それを見ていた若者が、割って入った。 「スミレちゃん。時間だから行こう!」 そう言うと、スミレちゃんを抱きかかえ、自転車の後ろ座席に乗せた。 スミレちゃんは、涙目で手を振った。 「気をつけて行ってらっしゃ?い。変な人には気をつけてね。」 「ありがとう、スミレちゃんもね。みんなによろしく。」 「わかったわ。」 若者の三輪自転車は、スミレちゃんを乗せて、公園に向かって走りだした。 「じゃあ、私たちも行きましょうか、龍次さん。」 「うん。行きましょう。でも、どうやって変な人を見分ければいいのかなあ。」 「精神を病んでる人は、やたらと他人に対して攻撃的になります。」 「理由もなく?」 「ええ。それが特徴なんです。他人とうまく調和できないんですよ。だから無意識に攻撃的になる。」 「無意識にですか?」 「ええ。拒絶・憤慨・不信に対して過剰な感受性を示します。」 「なるほどねえ…」 「妄想性人格障害、感情パラフレニーと言って、過度の感情興奮や不適切な罪悪感、集中力の欠如などが特徴なんです。」 「妄想性人格障害…」 「詳しくは、インターネットで検索してください。」 「はい。」龍次は電子手帳を出して、メモした。 「涌井さんは、やたらと精神に詳しいんですねえ。」 「実は、そういう大学を出たんです。」 「ああ、そうなんですか、どぉうりで。」 「治せるといいんですけどねえ。」 「自覚させて治すことはできないんですか?」 「症状が軽かったら、自覚もできるんでしょうけど、それができないんですよ。」 「そうなんですかあ…」 「普通の人間だったら、心を修正しながら成長いt行くんですけど、それができないんです。」 「宗教なんかでは?」 「駄目でしょうね。かえって頭を混乱させて、おかしくなるでしょうね。正常な判断能力に欠けていますから。」 「なあるほどね。」 「普通の精神状態が保てないわけですから。」 「まるほどね。きっと、他人に対して、思いやりとか愛とかが無いんでしょうね。」 「そういうのって、無いと思いますよ。正常な感情が育っていませんから。」 「愛とか思いやりは、高度な感情ですからね。」 「訓練された犬なんかもにも、ありますよ。他の犬が吠えても、じっと我慢します。」 「ああ、そうか。そういえば、大きな犬は、小さな犬が吠えても何もしませんね。」 「はい。龍次さんって、他人に思いやりがありますねえ。」 「なんで分かるの?」 「だって、愛美(めぐみ)ちゃんが、怒っても、本気で怒りませんもの。怒ったふりをしているだけで。」 「なんちゅうか、いつも自分を客観視している自分がいるんですよ。」 「さすが、インテリだわ。」 「そうかなあ。」 「そういうのを、メタ認知能力って言うんです。」 「メタ認知能力…」龍次は電子手帳を出して、メモした。 「ほんとうに、龍次さんって、インテリですね。」 「あっ、これ。クセなんですよ。最近、年なのか、忘れっぽいし。」 愛美が、隣で、「この人、アホなのよ。」と、言った。 龍次は、眉を上げ即座に返答した。 「なんだって!」 「ほらね。変な返事。」 三人は、互いに顔を見合いながら、大笑いをした。 「子供の言ってることですからね。」 愛美が、龍次の真似をして答えた。 「なんだってぇ!」 「子供は、よく好きな子をいじめるでしょう。きっと、あれですよ。」 「なんだってぇ!」 三人は、互いに顔を見ながら、笑みを浮かべていた。 「性格は、三歳までに作られるそうです。きっと、のんびりとした楽しい幼児期だったんでしょうね。」 「そういえば、うちの家族は平和でしたね。夫婦喧嘩とかもなかったし。」 「そっれは、幸運ですよ。」 「ピカピカ光ってるのが、僕のハイブリッドカーです。さあ、大菩薩峠とかに行きましょう!」 龍次の心のように、空は陽気に朗らかに晴れていた。 涌井いづみも愛美も、龍次のように明るく微笑んでいた。 愛美が、龍次に言った。 「龍次さんって、太陽みたいで男らしいわ!」 龍次は、獣のように叫んだ。 「うぉうぉ?♪、ぃえぃえぃ!風が、ロックしてるぜぇ!」 愛美が、叫んだ。 「ライク・ア・ローリングストーンズ!」 「そう!転がる石には苔は生えないぜ〜!」 龍次は、突然と踊り始めた。二人は、びっくりした。愛美が、龍次に尋ねた。 「なに、それ?」 「ツイスト。」 「変なの。」 涌井いづみも、踊りだした。 「こうやって、踊るのよ。簡単でしょう。」 三人は、明るく朗らかな空の下で、明るく朗らかに踊りだした。
心の底から 何かが僕を殺しにやって来る 心の底から 何かが僕を救いにやって来る 心の底から 原始的な何かがやってきて 僕を躍らせる
雲の上で何かが光った。三人は踊りながら雲を見た。 龍次が踊るのを止めた。 「なんだ、ありゃあ?」 愛美も、踊るのを止めた。 「なに、あれ?」 涌井いづみも、踊るのを止めた。 「踊り念仏の、一遍上人(いっぺんしょうにん)だわ!」 みんなが踊りを止めたら、一遍上人(いっぺんしょうにん)は、消えていなくなった。 「そうだ、一遍上人(いっぺんしょうにん)の遊行寺(ゆうぎょうじ)に、お参りに行きましょう。」 「遊行寺(ゆうぎょうじ)?」 「国宝・重要文化財に指定されている、とっても大きな有名な寺です。」 「どこにあるんですか?」 「藤沢です。正式名称は清浄光寺(しょうじょうこうじ)と言います。」 「途中ですね。じゃあ、行きましょう。何宗なんですか?」 「時宗(じしゅう)です。」 「時宗(じしゅう)?、初めて聞く名だなあ。」 「鎌倉時代には、大ブレークして、もっとも流行った仏教なんですよ。」 「ああ、そうなんですか。」 「誰でも、踊れば救われるという仏教なんです。」 「馬鹿でも、悪人でも?」 「ええ。」 「それは面白いなあ。」 「実は、盆踊りも、始めは死者を供養する念仏踊りだったんです。」 「え〜〜〜、ほんとぉ!?」 「ロマンチックで素敵な散歩道があるんですよ。」 「お寺にですか?」 「ええ、三人でデートしましょう。」 「三人でですかぁ。こやつもですか!?」 龍次は、愛美を指差した。 「ええ。」 「なあぁんだ、がっかり!」 愛美が、龍次を睨んだ。 「なんだって!」 三人は、互いに睨み合いながら、大笑いをして互いに救いあった。
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