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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第74回   地蔵菩薩の呪文
漫画家の涌井いづみは、美人なのに意外とボインだった。
龍次は、やたらとはしゃいでいた。
「いい天気になったなあ〜!」
「そうですねえ。」
愛美(めぐみ)は、龍次の隣にいた。
「禿げてきましたねえ〜。」
龍次は、眉を吊り上げた。
「なんだって!」
「天気のことよ。【げ】と【れ】の間違い。ごめんなさい!」
龍次は、怒っていた。
「変な言い方、しないでよ!」
龍次は、涌井いづみのボインを見て見ないふりをして歩いていた。
「いや〜〜、僕の設計したボイン住宅を見せてあげたいなあ〜。」
涌井いづみが、龍次の顔を見た。
「ボイン住宅?」
「あっ、失礼!球形住宅です。あっはっはっは、間違えちゃった!」
愛美が、龍次を睨んだ。
「そんなことばっかり思ってるから、口に出ちゃうのよ。」
「なんだってぇ!」
一平は、スミレちゃんを後ろに乗せて、自転車を押しながら黙って歩いていた。
龍次は、ニコニコしながら、ときどき横目で、涌井いづみのボインを見て歩いていた。
「いや〜〜、今日は実に、いろんな哲学的なことを学んだなあ〜。」
「そうですか。」
「僕も若い頃には、ニーチェかサルトルとかって、さんざん苦しんで悩みましたよ。今思うと、あの頃の青い頃が、やけに懐かしいなあぁ〜。」
「どのような?」
「えっ?…、どのようなって、哲学ですよ〜、我思う故に我あり。とかね!」
「それは、デカルトですよ。」
「そうそうそう!デカルトには、魂がびんびんとしびれたなあ〜!」
「魂が?びんびんと?」
愛美が、口を滑らした。
「へ〜〜、その顔で。デカルト!デカパイじゃないの?」
龍次は、愛美を睨んだ。
「なんっだって!?」
「エロ本見て、ボインで悩んでたんじゃないの?」
「なんだってぇ!?」
涌井いづみが、龍次の顔を見た。
「どのようなことで、悩んでたんですか?」
「人生とか、人間とか、世界平和とかですかねえ〜。」
「蟻ん子とか?」
「違いますよ!」
「そんな、小さなことじゃありませんよ。もっと大きな哲学的で根源的なことですよ。」
「だから、どのような?」
愛美が、口を滑らした。
「やっぱり、ボインで悩んでたんじゃないの?」
「なんだってぇ!?」
「彼女に、ふられた〜。とかさ。」
「なんだってぇ!?」
お地蔵さんが、道の脇に座っていた。
「あっ、お地蔵さんだ。僕は、とっても信心深いから、お参りして行こうっと!」
そう言うと、龍次は、お地蔵さんの前で膝をつき、手を合わせた。
「南無阿弥陀仏、それから、色即是空(しきそくぜくう)…」
愛美が、口に手をあてて笑った。
「色即是空(しきそくぜくう)だって、変なの!」
「なんだってぇ!僕は、仏教にも詳しいんだ!」
涌井いづみが、その答えに興味を示した。
「えっ、そうなんですか?」
「ええ、まあ。」
「どのような仏教に詳しいでしょうか?」
龍次の顔を見た。
「そうですねえ…、三蔵法師(さんぞうほうし)とか…」
「三蔵法師(さんぞうほうし)と言うと、玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)のことですね。」
「ああ、そうそうそうそう!」
「どのようなことを?」
「どのようなって…、一言ではねえ〜、仏教は深遠だからねえ〜。」
「じゃあ、二言でもいいですよ。」
「そうですねえ…」
「じゃあ、なんという書物を?」
「若い頃だったからなあ…、仏教の本は、よく読みましたよ。苦悩の青春が救われたなあ〜。」
「日本に最初に伝わった仏教、玄奘三蔵に師事した遣唐使の道昭(どうしょう)の法相宗(ほっそうしゅう)に関する本ですか?」
「その類いだったかなあ…、それの、簡単なやつだったかなぁ。」
愛美が、口を挟んだ。
「それって、孫悟空の西遊記じゃないの?」
「…そうだったかな?」
「ま〜た、とぼけちゃって、この〜。」
龍次は、座り直して、お地蔵さんに手を合わせた。
「南無阿弥陀仏・色即是空…」
「まあた、色即是空(しきそくぜくう)だって、ばっかじゃないの!?」
「なんだってぇ!」
「意味、分かってんの?」
「色気、即ち、空なり!」
「ぶ〜〜〜!」
涌井いずみが、解説を始めた。
「色即是空(しきそくぜくう)の色とは、移り行く物事の現象のことです。空とは宇宙であり、空から生じたものが、色(しき)です。」
龍次は、びっくりした。
「え〜〜〜、ほんとおぅ!?」
お地蔵さんの前を、龍次たちが去った後、スミレちゃんが、自転車から飛び降りた。
「交通事故に遭わないように、お参りして行きましょう。」
そう言うと、スミレちゃんは、膝をつき目を閉じ手を合わせた。
「おん、かかか、びさんまえい、そわか。」
一平も、他の者も、その言葉を聞いていた。
涌井いづみは、険しい顔で振り向いた。目が鋭く光っていた。
「それは、地蔵菩薩の呪文!スミレちゃん、どうしてそれを知ってるの?あなたいったい何者!?」
スミレちゃんは、不気味に微笑んでいた。上空をカラスが、カカカと泣きながら飛び去って行った。


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