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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第73回   風魔の護身術
「ガソリン猿人たちが、ガソリンを奪い合ってるので、ガソリンスタンドには、近づかないほうがいいわ。」
「わかりました。」
「八当たりガソリン猿人も多いから。」
「わかりました。」
「ニュースで、噛みつき猿人間キーキーが増えてるって言っていたわ。」
「噛みつき猿人間キーキーが増えているんですか?」
「はい。」
「言ってることに逆らうと、鼻を噛みつかれるから、相手にしたら駄目です。」
「分かりました!」
スミレちゃんも、元気よく答えた。
「わかりました〜〜、隊長〜!」
「スミレちゃん、じゃあ行こうか!」
「兄貴、れっつ、ごぉ〜〜!」
「兄貴?」
「じゃあ、なんて言おうかな?」
「一平で、いいよ。」
スミレちゃんは、右手でグーを振り上げた。
「れっつ、ごぉ〜〜、一平〜!」
一平も、右手の拳を振り上げた。
「お〜〜〜!」
スミレちゃんは、一平の運転する三輪自転車の後ろの、スミレちゃん椅子に乗り込んだ。
一匹の蟻が、一平の乗るサドルに、しがみついていた。スミレちゃんは、摘みとって放り投げた。
「迷子になって、帰れなくなっちゃうわよ!」
一平が、「迷子になんかならないよ〜!』と答えた。
「蟻さんに言ったのよ。」
「なあんだ!」
二人が乗った自転車は走り出した。スミレちゃんが、後ろを見ると、けんけん姉さんが、小さく手を振っていた。スミレちゃんは、大きな声で叫んでいた。
「行ってきま〜〜す!」
冬なのに、太陽がてかてかと輝いていた。風は、まったく無かった。
「風さんは、お昼寝だわ。」
「…誰が、お昼寝だって?」
「風さん。」
「風さんが、お昼ね?」
「ひゃっほ〜〜ぉ!ロゥレン、ロゥレン、ロゥレン♪」
「何、それ?」
「ローハイドよ。」
「ローハイド?」
「ひゃっほ〜〜ぉ!」
「まるで、インディアンみたいだねえ。」
「ひゃっほ〜〜ぉ!」

公衆トイレの前で、美人漫画家の涌井いづみと、アシスタントの愛美(めぐみ)が、海を見ながら佇んでいた。
「あっ、涌井いづみさんと愛美ちゃんだわ。」
一平は、自転車を止めた。
「どうしたんですか、こんなところで?」
愛美が、即座に答えた。
「うんこったれを待ってるの。」
スミレちゃんが、にこにこ笑いながら質問した。
「龍次さんのこと?」
突然、一平が大きな声で注意した。
「変な奴が来るぞ!」
ニット帽をかぶった変な奴が、ナイフみたいなのを手に持って、お地蔵さんのほうから走って来るのが見えた。
「みんな、逃げろ!」
みんなは、海に向かって駆け出した。
スミレちゃんが、慌てて転んだ。
変な奴は、スミレちゃんに向かって走って来た。
一平が気付き、スミレちゃんの前に立ち、変な奴に向かって両手を広げた。
「スミレちゃん、早く逃げろ!」
スミレちゃんは、なぜか動けなかった。
それを見ていた、涌井いづみと愛美が、大きな石を持って、やってきた。
変な奴は、一平にナイフで襲いかかった。愛美が叫んだ。
「きゃ〜〜!」
一平は、後方に手をつきながら倒れこんだ。ナイフが空を刺した。
それは、間一髪の出来事だった。一平は、ナイフの握られてる右手を、下から右足で蹴り上げた。ナイフは地面に飛んだ。そのナイフを、涌井いづみは急いで拾った。
「おもちゃのナイフだわ!」
一平は、素早く立ち上がり、ナイフを受け取った。
愛美が叫んだ。
「警察が来たわ!」
警官が二人、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
変な奴は、妖怪温泉の方に逃げ出した。
警察がやってきた。一人の警官が立ち止まった。
「大丈夫ですか?」
みんなは、それぞれに、「はい。」と答えた。スミレちゃんだけが、ポカンとしていた。
一平は、警官にナイフを渡した。
「落ちてました。おもちゃでした。」
「そうでしたか。」
警官は、おもちゃのナイフ受け取ると、変な奴と同僚を追い、妖怪温泉の方に駆けて行った。
一平は、スミレちゃんに近づいた。
「スミレちゃん、怪我はなかった?」
スミレちゃんは、大きな声で泣きだした。
「わ〜〜〜〜〜ん、怖かったぁ〜〜!」
そして、一平に飛びついてきた。
「怖かった〜〜〜!」
「もう、大丈夫だよ。」
涌井いづみが、手を叩きながらやってきた。
「お見事でしたわ。風魔の後ろ倒れ足蹴りの術!」
「えっ?」
「後ろに、倒れこんだ術ですよ。お見事!」
「そんなんじゃあないですよ。」
「じゃあ、何かの護身術ですか?」
「以前、警察の特殊部隊で、ちょっと…」
「えっ、警察の特殊部隊で?」
「…あっ、いけねぇ。冗談ですよ。じょうだん。そういう映画を見たんですよ〜。」
「見ただけで、あんなに?」
「それを見て、練習したんですよ〜。趣味なんですよ〜。」
涌井いづみは、一平を睨んだ。
龍次が、やってきた。
「どうしたの、みんな?なんかあったの?」
愛美が、不満げに口を滑らせていた。
「うんこったれが、今ごろ出てきて!」
「何かあったの?」
愛美は、まだ大きな石を持っていた。
それを見た龍次が質問した。
「愛美ちゃん、それどうするの?」
「これ…、龍次さんの頭を、かち割ってやろうと思って。」
「え〜〜〜!?」
一平が笑った。
「それじゃあ、まるで石器人だよ〜!」
みんなは、それぞれに、それぞれの笑い方で、互いに睨み合いながら、心の底から笑いあった。
潮騒のしじまに、海鳥の鳴き声が聞こえていた。


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