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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第71回   われ泣きぬれて…
「龍次さんは、足腰が弱っているわ。」
「なんだって!?」
「老化は、足腰から始まるのよ。」
「そんなはずはない!」
龍次は、静かにスミレちゃんを地面に下した。
「それじゃあ、試しに砂浜まで走って、戻ってきましょうか。」
「やめたほうがいいわ。足腰がバラバラになって大変なことになるわ。」
「そんなことはないよ!」
「インテリは、頭脳で勝負すればいいじゃない。」
「僕は、インテリなんかじゃない!ただの蟻ん子労働者ですよ!」
龍次は、砂浜に向かって、全力で走りだした。そして、海辺の手前で倒れこんだ。
みんなは、龍次に向かって、それぞれにそれぞれの走り方で、それぞれの速さで走り出した。
最初に事故現場に到着したのは、美人漫画家の涌井いづみだった。
「龍次さん、だいじょうぶ!?」
次に到着したのは、キラキラ瞳の愛美(めぐみ)だった。
「龍次さん、ごめんなさい!」
次に到着したのは、スミレちゃんだった。
「龍次さ〜ん、どうしたの?」
龍次の目の前には、蟹が鋏(はさみ)を持ち上げて、横に歩いていた。龍次は、その蟹を睨みながら泣いていた。
「われ泣きぬれて、…蟹とたわむる。」
蟹の前に、百円硬貨が光っていた。
「あっ、お金だ!」
龍次は拾い上げて、よく見て確かめた。
「もとい!…われ泣きぬれて…、金(かね)とたわむる!」
すばらしい言葉に、みんんは大いなる心からの拍手を送った。
「ワンダフル、龍次さん!」
龍次を慰(なぐさ)めたのは、涌井いづみだった。龍次は、その言葉に答えた。
「なんて素敵な、セニュリータ!」
龍次には、蟹さえも拍手しているように見えた。
「人は、他人の不幸を平気で見ていられるほどに、強い。」
「なんなの、それ?」
「三島由紀夫の言葉だよ。」
「なんだか、深い言葉ね。」
「君たちみたいな人もいるんだね。」
「えっ?」
「…人は、他人の不幸を平気で見ていられないほどに弱いんだね。」
「そうかも知れないわ。人間ひとりひとりは弱いわ。ひとりでは生きて行かれないわ。」
「そうなんだよね。」
龍次の目の前にいた、事件を目撃した蟹は、もういなくなっていた。
波の音が、みんなを癒していた。
涌井いずみが手を差し伸べた。
「一緒に、人生を創作しましょうよ。」
「人生を創作!?」
「そうです!」
「そんなこと、今まで考えもしなかった。」
「じゃあ、どうやって生きてきたの?」
「ただ、流されるままに、蟻ん子のように…」
「それじゃあ、駄目よ。真っ白のままで死んでしまうわ。」
「ああ、そうだね。君の言葉で今、気がついたよ。」
「それなら、今から変えましょうよ。」
「そうだ、変えよう。僕は、考える人間なんだ。考えない蟻ん子なんかじゃないんだ。」
「そうよ。流されるだけじゃあ駄目よ。インテリのド根性を見せるのよ。」
「そうだ、まったく君の言うとおりだよ。」
「足腰が弱ったら、人生は終わりだわ。」
「そうだね。」
「足腰が弱ったら、血行が悪くなって、コレステロールがたまるわ。」
「そうだね。」
「足腰が弱ったら、血行が悪くなって、マネーよりも大切な心も働かなくなるわ。」
「マネーよりも大切な心も?」
「そうよ。」
「ビートルズの、マネーという曲を思い出したよ。」
「知らないわ。」
「おお、世代のギャップ!」
涌井いずみは、青い空を見上げた。
「大菩薩峠の別荘を見せてあげるわ。」
「えっ、ほんと。」
「そこで、叔父さんが陶芸をやってるの。」
「じゃあ、今から僕のハイブリッドカーで行きませんか?」
「いいですよ。愛美も一緒でいいかしら?」
「いいですよ。」
龍次は、スミレちゃんを見た。
「スミレちゃんも行こうよ。」
「わたしは、いいわ。」
「どうして?」
「道路を走るんでしょう。」
「そうだよ。」
「道路には、事故で亡くなった亡霊たちが、たくさん歩いていから、悲しくって辛くて、とってもとっても怖いわ。」
スミレちゃんは、歌いながら、身軽なステップで帰って行った。

 人は 三歩進んで二歩下がる ♪
   人は 三歩進んで二歩下がる ♪
     人は 三歩進んで二歩下がる ♪


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