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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第70回   プルキニュ現象
龍次は、漠然と空を見ていた。
「おかしい空だなあ〜。昔はこんなんじゃあなかったのになあ〜。」
美人漫画家の涌井いづみは、龍次の背後にいた。
「どんなんだったんですか?」
「なんちゅうか、もっと切ない香りがしてたような…」
「切ない香り…」
「…これは、僕らの空じゃない。」
「じゃあ、蟻ん子の空?」
「蟻ん子の空でもないよ。」
「何の空かしら?」
「きっと、人間の欲望で汚れた空だよ。」
「悲しいの?」
「ちょっとね。」

妖怪温泉の前で、スミレちゃんが手を振っていた。龍次は、腕時計を見た。ちょうど二時だった。
「六月の夏、それから八月の地獄までには、絶対になんとかします!」
「温暖化による八月の地獄から、みんなを助ける、いい方法はないのかしら?」
「そうですねえ。街を地下にすればいいんですよ。」
「地下にですか。」
「地下だったら、灼熱地獄の八月でも大丈夫です。」
「それはいいですね。」
「蟻ん子に習って、蟻ん子になるんですよ。」
「いよいよ、蟻ん子になるんですね。」
「そうです。本格的に、蟻ん子になるんです!」
「なんだか面白そうだわ。」
「道路も地下にするんですよ。そして、地上は交通事故のない、綺麗な空気の緑の楽園にするんです。」
「なるほど〜!」
「二酸化炭素を地上には出さないようにすれば、地球の温暖化も防げます。」
「そんなことをしたら、地下は二酸化炭素だらけになって、みんな死にますよ。」
「あ〜〜、そうかぁ〜!」
「今から、熊本に行くんですか、お一人で、とぼとぼと?」
「とぼとぼと、じゃありませんよ。ちょちょいのちょいっと行くんですよ。」
「熊本まで、お一人で、寂しく、ひょろひょろと?」
「ひょろひょろと、じゃありませんよ!」
「一人で寂しく。ちょちょいのちょいっと…」
「心に希望があれば、ちいとも寂しくなんかあらしましぇんにゃん。急がば、回れ右と言いますにゃん!」
「にゃんにゃん語になってますよ。」
「ありゃ〜〜ぁ!」
「熊本でないと駄目なんですか?」
「いいえ。焼け死ななければ、どこでもよかとです。」
「熊本弁になってますよ。」
「そげんね?」
「風魔の里なんて、どうでしょう?」
「風魔の里…どこにあるとね?」
「大菩薩峠にあります。」
「え〜〜〜〜!?」
「別荘があるんです。」
「え〜〜〜〜!?」
スミレちゃんがやって来た。
「龍次さん、何を話してるの?お邪魔だったかしら?」
「スミレちゃ〜〜ん、久し振り!」
龍次は、スミレちゃんを抱きかかえた。
「スミレちゃんが来るのを、待っていたんだよ。」
スミレちゃんの重さに、龍次はよろめいた。
「けっこう、重いんだなあ!」
涌井いづみの後ろを歩いていた、愛美(めぐみ)が、口を滑らした。
「へなちょこおやじ!」
龍次は、聞き逃さなかった。
「…なんだって!…へなちょこおやじ!?」
険悪な雰囲気がやってきた。
龍次は、目の前の空(くう)の一点を睨み、愛美も、目の前の空(くう)の一点を睨んでいた。
しばらくの間、戦慄の空(くう)が支配した。そして、スミレちゃんが、空(くう)をこじ開けた。
「お父さんが、この辺りの街路灯を、ブルーにすると言っていたわ。」
我に返った龍次が、その声に答えた。
「プルキニュ現象!」
その答えに質問したのは、もだえる空(くう)と時間の中で、きらきら輝く美人の涌井いづみだった。
「何ですか、それ?」
龍次は、即座に答えた。
「青色は、人間の心を鎮めるんですよ。イライラしなくなって犯罪が減るんですよ。」
「ほんとですか。」
「東京都では、効果が出ていますよ。ニュースでやってました。」
「そうなんですか。」
「だから僕は今、青い空を見てるんですよ。」
みんなも、龍次のように空を見ていた。
「昔の空は、もっと切なく悲しい青だったなあ…」
スミレちゃんの瞳は、なぜかキラキラと輝いていた。
龍次は、空に向かって叫んだ。
「うぉうぉ〜♪、ぃえぃえ〜〜ぃ!」
「龍次さんには、インテリのド根性がみなぎっているわ!」

 僕は ひたすら虚空に佇(たたず)む
   なにものにも染まらず 虚空に佇(たたず)む
      ただひたすらに この青い空の下で 虚空に佇(たたず)む


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