大風のなか きみは懸命に 僕についてきたね でも僕は君を ちっとも守れなかった 素直なきみを残して 僕はどこかへ行ってしまった こんなところに来てしまった
黒い雲が、ビュービューと大風を従えやってきた。ハトが豆鉄砲を食らった顔で、どこかに飛んでいった。サッチーは、黒い雲を見ていた。 「黒い雲の風が大地を踏み潰して、草木が脅えているわ。」 長い髪の娘が答えた。 「雨の匂いだわ。サッチー、大雨がやってくるわ。」
大雨は暴れん坊 ドドンコドドンコ 雷神乗せてやってくる 雷神さまのお通りだい ドンドンドドンコ ドドンコドン 雷神さまは雲の上 虎のふんどしで太鼓を叩いてる 決して雷神さまの光る赤い目を見てはならない! <がんつけやがって!>と 百万ボルトの稲妻を落とすから
サッチーは、不安な顔になっていた。 「どうしましょう。このままでは着物が濡れるわ。そしてきっと不愉快な風邪を引くんだわ。」 三百メートほど先に、<森の小人のカレー屋>さんの看板が見えた。 「不愉快な風邪を引く前に、森の小人のカレー屋さんに行きましょう。あそこなら雨や風を防げるわ。」 「それ、グッドアイデア。」 「あなたも行きましょう!」 元自殺志願の若者は森の小人のカレー屋さんの看板を見ながら、総理大臣のように威張って答えた。「お礼に、僕がおごりましょう!」 サッチーは、その言葉を母のように無視した。 「そんなことより、急ぎましょう!」 四人は、カレー屋さんに向かって、それぞれにそれぞれの慌てぶりで走りだした。 黄色い木造の建物の、森の小人のカレー屋さんは大きな二階建てだった。 総理大臣を気取った若者が両開きのドアを開けると、小人じゃなくって、可愛い娘(むすめ)が笑顔で出てきた。 「いらっしゃいませ。」 一階は満席だった。 「二階は空いてます。」 若者は可愛いウェイトレスを見ながら「ああ、そうですか。」と言うと、階段を上がって行った。サッチーたちも上がって行った。 窓辺の席が空いていた。みんなは、そこに座った。サッチーはメニューを取った。 ウェイトレスがやってきた。 「ご注文は、お決まりですか?」 「わたし、シナモンスティツク・チキンヨーグルトカレー。」 続いて長い髪の娘がメニューを取った。 「わたし、エビのココナッツカレー。」 続いて短い髪の娘がメニューを取った。 「わたし、さわやかな辛さが日本人に人気のシーフードグリーンカレー。」 総理大臣を気取った若者が、首を少し傾げながら注文した。 「じゃあ、わたしは、シーフード・ココナッツカレーでいいや。」 雷鳴が轟(とどろ)き、シャワーみたいな雨が降ってきた。 サッチーは不安げな顔になっていた。 「まるで真夏の夕立みたいな雨だわ。なんだか不気味だわ。」 若者は外を見ながら返事した。 「そうですねえ。だったら直ぐに止みますよ。」
見たことの無い 真冬の冷たい夕立 ゴロゴロゴロゴロ 雷神の叫び ザーザーザーザー それは雷神の涙
メニューの下のほうに広告があった。 「妖怪温泉…」 若者は三人の娘たちに尋ねてみた。 「この近くに、妖怪温泉ってあるんですか?」 三人は首を傾げ、ほぼ同時に答えた。 「聞いたことありませんね。」 「百鬼夜行海岸って書いてありますけど。」 サッチーが答えた。 「それならありますよ。」 ウェイトレスがやってきた。若者は、彼女に質問した。 「この近くに、妖怪温泉ってあるんですか。」 「ええ、ありますよ。まだ出来たばかりですけど。」 「妖怪が出るんですか?」 「そんなの出ませんよ。たぶん。」 「たぶん?」 「わたしも、まだ行ったことがないもので。よく分かりません。」 「百鬼夜行海岸って、近いんですか。」 「ここから歩いて二十分くらいのところにあります。」 「妖怪温泉は遠いんですか?」 「歩いて三十分くらいでしょうか?」 「バスとかは無いんですか。」 「あります。公園入り口から乗れますよ。」 「どうもありがとう。」
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