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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第69回   インテリのド根性
「ボール!フォアボール!」
青空に、愛美(めぐみ)の声が轟(とどろ)いた。
ボールは、網に当って下に落ちた。二メートル四方の網の外にいた愛美が、網の下に手を伸ばして取った。網の下部は網が張ってなかった。
「交代です!」
龍次は、「おっかしいなあ〜?」と、ぼやきながらやってきた。
美人漫画家の涌井いずみは無言で、バットを渡した。龍次は、空を見上げた。
「それにしても、不気味な温かさですねえ…」
「ニュースで、去年の夏は四メートル以上あった北極点の氷の厚さが、わずか七十センチになったって言っていたわ。」
「え〜〜〜!」
「溶けて、北極の氷は三分の一になって、大西洋に流れ出したそうよ。」
「え〜〜〜!そんなバカな!」
「アラスカと繋がっていた北極は、氷がなくなって、回転してるんですって。」
「え〜〜〜!そんなバカな!」
「今年は、無くなるかも知れないって、言っていたわ。」
「え〜〜、そうなの!無くなったら、どうなるの?」
「科学者にも、分からないらしいわ。」
「え〜〜〜!大変だぁ!僕たちは、どうすればいいの?」
「そんな難しいことは、分からないわ。」
「あ〜〜、それを聞いたら、なんだか頭痛がしてきた。」
「頭痛の原因は、酸素不足って科学者が言っていたわ。」
「え〜〜〜!そうなの!」
「脳には、酸素が必要なの。」
「今年の八月は、ところによっては、五十℃になるって言っていたわ。」
「え〜〜、五十℃〜〜!焼け死にますよ〜!」
「そうですね。」
「そうですね、じゃありませんよ。涼しい場所に逃げましょう!」
「涼しい場所?」
「熊本がいいです。五木村がいいです。」
「熊本、五木村?」
「土地が安いんですよ。山があって、地獄の夏でも、緑のそよ風が吹いて、頭痛にならない酸素もた〜くさんあります。」
「そんなにいいとこなの?」
「そりゃあ、もう。川原には、クレソンも生えてるし。」
「熊本のクレソンは、おいしいの?」
「おいしいです。」
「家はあるの?」
「土地を買って、僕の設計した特殊強化発泡スチロールの球形住宅を建てます。」
「発泡スチロールの住宅?」
「大丈夫です。百倍の強度があります。」
「じゃあ、水にも浮くんですね?」
「そうです。洪水でも大丈夫です。」
「中は、涼しいの?」
「大丈夫です。発泡スチロールには空気が詰まってますから、断熱効果が優れています。」
「あなたの目は、嘘を言っていないわ。」
「なぜ分かるんですか?」
「人は、ほんとうのことを言うときには、目玉が左上を向くの。」
「え〜〜〜、ほんと〜!」
「風魔の秘伝書の中に書いてあります。」
「そんなことが。」
「人の目玉は、真を語れば左上を見る。嘘を語れば右上を見る。そう書いてあります。」
「そういえば、テレビでFBIの捜査官も、同じようなことを言っていましたよ。」
「えっ、ほんと?」
「なんでも、人間は思い出すときには左脳を使い、創作するときには右脳を使うので、目の玉は脳が働いてる方に向くんだそうです。」
「そうなんですか。」
「こんなところで、ソフトボールをしている場合ではありません。」
「そうかも知れませんね。」
龍次は、愛美の方を向いた。
「愛美さんも、一緒に行きましょう!」
「熊本に?」
「そうです。」
「学校もあるし、親もいるし、無理だわ。」
「そっかあ。」
「じゃあ、暑くなったら遊びに来てください。」
「はい。」
「僕は、これから熊本に行って、見てきます。」
涌井いずみは、びっくりした。
「え〜〜、もう行くの!」
「はい。火葬場以外では、焼け死にたくありませんから。急がば回れ右です。」
「まだ、わたし決めてませんよ。」
「いいんです。いいんです。だったら遊びに来てください。」
「はい。」
いきなり君子豹変する、強引な龍次であった。龍次は空に向かって叫んだ。
「うぉうぉ〜♪、ぃえぃえ〜〜ぃ!」
「龍次さんには、インテリのド根性がみなぎっているわ。」
「王の早逃げ、八手の得!」
「なんですか、それ?」
「将棋の格言です。」


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