20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:シュールミント 作者:毬藻

第68回   後追い歩き
龍次は、美人の涌井いづみの後から歩いていた。
「冬だというのに、この暖かさ、なんだか不気味ですねえ。」
「今朝、ニュースで、六月七月を夏、八月を地獄と、季節名を変更すると言っていたわ。」
「地獄!凄い名前だなあ。」
「学校も、七月八月九月を休みにするんですって。」
「じゃあ、夏地獄休みだ。」
「そうですね。」
「恐ろしい時代になってきたなあ。」
「八月は、外出禁止にするそうです。」
「焼け死ぬから?」
「そうだと言ってました。」
「なんということだ。」
そう言いいながら、龍次は躓(つまづ)いて転んだ。
「後追い歩きは、危ないわ!」
「後追い歩き?」
「子供のように、道を見ないでママの後姿を追って歩いたら駄目でしょう!」
「ごめんなさい!」
「大人なんだから、後追い歩きは、止めましょう!」
「はい。」
「幼稚園で教わったでしょう。」
「いいえ。そのようなものは?」
彼女は、年寄りを労(いた)わるように、手を差し伸べた。変なところにプライドの高い龍次は、その手を振り払った。
「大丈夫です、わたしは大人です!」
「遠慮なさらなくっていいのよ。」
彼女は、なおも手を差し伸べた。その時、龍次は土の上の蟻ん子を見ていた。まるで、自分を見つめるように蟻ん子を見ていた。
「けっこうです。働き蟻は、自分の力で起きます!」
龍次は、「にゃんにゃんにゃん!」と言って、立ち上がった。
それから、広場に向かって走り出した。そして、広場の真ん中で立ち止まった。叫んだ。
「ばかやろ〜〜!」
間もなくして、二人がやってきた。
美人漫画家の涌井いづみは笑っていた。
「どうしたの、龍次さん?」
「いや、なに、なんでもないです。…自分に怒ってるのかも知れません。」
「自分に?」
「自分自身の心に…」
「それはきっと、末那識(まなしき)が顔を出したんだわ。」
「まなしき?」
「意識の下にある、原始な感情のことよ。」
「誰の言葉なんですか?」
「お釈迦様の言葉よ。」
「そうなんですか。知らなかった。」
「フロイトの潜在意識みたいなものだけど、もっと原始的なものなの。」
「そうだったのか〜。ちいっとも知らなかった。インテリ失格だなあ〜!」
「そんなに大袈裟なものじゃないわ。一般教養の範疇だわ。」
「えっ、そうなの〜!?」
龍次は、大いなるショックを受けた。
「にゃんにゃんにゃん!」
甘えん坊の龍次であった。
「気にすることはないわ。時代によって、教わることも変わってくるのよ。」
「時代は、刻一刻と変わっているんだな〜。」
「そんなことより、さあ、遊びましょう!」
アシスタントの愛美(めぐみ)が、ボールを龍次に投げた。龍次は、取り損なって地面に落とした。
「ああ、駄目だなあ、僕は〜。」
「大丈夫よ。やってなかったんでしょう?」
「ええ、十年振り、いやそれ以上かなぁ…」
「じゃあ、無理もないわ。」
「じゃあ、僕、ピッチャーやります。どこから投げればいいんでしょう?」
「ついて来て、教えてあげるから。」
龍次は、黙って彼女の後をついて行った。
「下手(したて)投げよ。」
「ええ、分かってます。」
龍次は、転びそうになった。
「後追い歩きは危ないわ。」
「あっ、そうか!」
「人に頼らずに、自分の目で見て、自分で考えて歩きましょう。」
「はい!」
龍次は、マウンドに立った。そして叫んだ。
「プレイボール!」
一羽のカラスが、からかうように鳴きながら、龍次の上を飛んで行った。
「うぉうぉ〜♪、ぃえぃえ〜〜ぃ!」
「龍次さんには、インテリのド根性がみなぎっているわ。」
「じゃあ、行くぜえぇ〜!まなしき投げ!」
「まなしき投げ?」
「僕の魂のボールです!」
「龍次さん、困りごとがあったら、いつでも私に電話してね。」
「こんなときに、そんな殺し文句を使うなんて、ずるいよ〜ぅ!」
「ほら、あなたの足元で蟻ん子が龍次さんを応援してるわ!」

 人類が たとえ温暖化による灼熱砂漠化で滅びたとしても
   文明を持たない蟻ん子たちは 地下にもぐって たくましく生き延びるだろう 
     蟻ん子だって ちゃんと生きてるんだぁい! 人間なんかにゃ負けないぞぉ! 


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 16821