スミレちゃんが去った後、龍次の心はメルヘンチックになっていた。そして、喋り方はオペラ調になっていた。 龍次は、ふと呟(つぶや)いた。 「せっかく同じ時代に生まれてきたんじゃないか。一緒に生きようぜ、同士〜〜し〜♪」 そのオペラ調の問いに答える、涌井いづみも、なぜかオペラ調になっていた。 「龍次さん。今あなたの瞳は輝いているわ〜〜♪」 「そうかなあ〜♪」 「きっと、きっと、あなたは変わったのよ〜♪」 「そうかなあ〜♪」 「そうに決まっているわ〜、綺麗な瞳だわ〜♪」 「君は、思い込みが激しいんだねえ〜♪」 「そうよ。それだけで生きてきたの。今まで…、そしてこれからも〜♪」 パソコンの横には、紙がバラバラに無造作に捨ててあった。 「わあ〜〜、紙だらけ!」 龍次は拾って、ゴミ箱に入れようとした。 「だめ〜!それ、大事な私の人生なの〜♪」 「ああ、そうなんですか。じゃあ、人生のゴミではないんですね〜♪ 「そうなんです。とっても、とっても大切なものなんですよ〜♪」 「そうなんですか。ゴミんね!」 「現実ばかりを見ていると、手品のように、見えてるものだけに心を奪われてしまうわ〜♪」 「なあるほど。」 「世の中に見えてるものは、嘘だらけ〜♪」 「なんて素敵な、セニョリータ〜♪、…どうも、さっきから言葉がおかしいなあ?」 「会話が変ですねえ?」 「スミレちゃんと逢うと、いつもこうなんですよ。」 「わたしもです。」 「なぜなんだ〜〜♪」 「なぜなんでしょう〜〜♪」 「これじゃあ、オペラだ。」 「そうですねえ。」 「普通の会話に戻しましょう。」 「そうですね。でも、戻るかしら〜♪」 「スミレちゃんの魂のコアが、僕の魂を動かしてる…」 「コア?」 「スミレちゃんの魂のコアが、僕の潜在意識に働きかけている…」 「スミレちゃんと言えば…」 龍次が答えた。 「海岸…」 いづみが答えた。 「海…」 交互に答えだした。 「青…」 「信号…」 「クルマ…」 「事故…」 「救急車…」 「白…」 「看護婦…」 「コスプレ…」 「秋葉原…」 「電気街…」 「パソコン…」 「マウス…」 「ダブルクリック…」 「いやらしい…」 「どうして、ダブルクリックから、いやらしい、になっちゃうの〜♪」 「なんですか、これ?」 「フロイトの、精神分析・自由連想法です。手掛かりになるかと思って。」 「駄目ですよ、こんなんじゃあ。互いに無意味に誘導されてるだけですよ。」 「そうですねえ〜♪」 「意味の無い世界を泳いでも仕方ありません。何も出てきません。」 「ほんとうは、意味があるのかも?」 「精神分析ですか?」 「はい。」 「あったとしても、素人には無理ですよ。専門家でないと、分析する手掛かりがない。」 「そうですね〜♪」 「あ〜〜〜、外の空気が吸いたくなったわ〜♪」 「わたしもです。」 「一致しましたね!結婚しましょう〜〜♪」 「まだ、直ってませんねえ。」 「なんで、こんなことを平気で言ってしまうんだろう?」 「草野球でもしません?」 「えつ?」 「わたし、学生の頃、ソフトボールやってたんです。愛美(めぐみ)ちゃんもやってたんですよ。」 「ああ、そうですかあ。野球だったら、得意ですよ。」 「じゃあ、やりましょう。」 「仕事はいいんですか?」 「いいんです。いいんです。ほんとうは、休みなんです。」 「そうですか。」 「風を感じ自由を感じれば、自分自身に戻るかも知れません。」 「そうですね、やってみましょう。」 「わたしの魔球、打てますかな?」 「魔球ですか。それは面白い。」 三人は、グローブとソフトボールとバットを持って、自由を求め外に出て行った。
僕は 自由であろうとし 僕は僕で 自由な僕であろうとし 僕は 僕で 僕であろうとし なにものにも染まらず 自由な僕であろうとし 悲しいくらいに自由であろうとし 苦しいくらいに自由であろうとし 切ないくらいに 僕は僕であろうとし 自由な僕であろうとし
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