龍次とスミレちゃんは、豹柄の家の豹の絵が描いてあるドアの前で立ち止まった。龍次が、ドアホンを押そうとした。スミレちゃんが止めた。 「お仕事の邪魔になるから、ポストに入れておきましょう。」 「あっ、それもそうだね。」 ドアが開いた。ぱっちり目の愛美(めぐみ)が、立っていた。 「あらっ、どうしたんですか?」 スミレちゃんが、デジタルプレーヤーを差し出した。 「これ、落ちてましたよ。」 「あ〜〜、良かった!今、探しに行こうと思ってたんですよ。」 玄関のドアホンのスピーカーから、声が流れた。 「どなた〜〜?」 「スミレちゃんです。親切にプレーヤーを届けてくれました。清掃作業員の方も一緒です。」 「B指令を実行して。」 「はい。」 愛美ちゃんは、スミレちゃんを見た。 「スミレちゃん、お茶でも飲んでいって。そちらの、清掃員の方も、どうぞ。」 「清掃員?」 「遠慮せずに、どうぞ。」 スミレちゃんが、龍次の背中を可愛い手で叩いた。 「およばれしましょう。」 「あっ、そうだね。」 愛美ちゃんは、龍次が持っている流木を見た。 「ゴミは、外に置いておいてください。」 「あっ、これ。これゴミじゃないんですよ。趣味で集めているんです。」 「ああ、そうなんですか。」 「砂がついてるから、ここに置いておきます。」 「仕事を生かした、いい御趣味ですわ。」 「仕事を生かした?」 二人は、中に入って行った。応接間のようなところに通された。 「スミレちゃんは、オレンジジュースでいいかな?」 「はい、いいです。」 「そちらの清掃員の方は、日本茶でいいですか?」 龍次は、自分に指差した。 「僕のこと?いいです、いいです。」 「ここで、座って待っててください。」 「は〜〜い!」 「はい。」 愛美は、いなくなった。 「とっても、素敵なお部屋ね。」 「そうだねえ。乙女チックだねえ。」 「そうかしら。」 愛美が、お盆に、ケーキとお茶とオレンジジュースを待って戻ってきた。 「はい、スミレちゃんはオレンジジュース。」 「ありがとう。」 龍次の前には、お茶を置いた。 「これ、親戚から送ってもらった、静岡の川根茶です。」 「は〜〜、これはこれは、けっこうなものを。」 「わ〜〜、いい香りだわ!」 「あっ、ほんとだ。さすがに、静岡の川根茶だなあ。」 「かわねちゃって、こういう香りなの?」 「さすがに、静岡の銘茶ですねえ。」 「はい。スミレちゃんには、ブルベリーケーキ。」 「わ〜、美味しそうだわ〜!」 「清掃員の方は、ラム酒で作った、ラムレーズンケーキです。アルコールが入ってますけど、大丈夫かしら?」 「も〜〜、まるっきし大丈夫も大丈夫!なんだか、うっまそうだなあ〜〜!」 「それ、おいしそうねぇ。」 スミレちゃんは、スプーンで取ろうとした。 「駄目だよ、子供は〜!めっ!」 「ケチ!」 「もう少ししたら、先生がやってきます。」 スミレちゃんは、自分に出されたケーキを食べ始めた。龍次は、食べる前に言った。 「大変な、お仕事ですねえ。」 「そうなんです。休みも平日も、夜も昼も、お正月もないんです。思い立ったときが仕事なんですよ。」 「そうなんですか。僕みたいな、単純労働者には、とてもとてもできないなあ。」 「最近は、ゴミが複雑で大変ですねぇ。」 「そうなんですよ。分別がややこしくてねえ。まいってますよ。」 「清掃員の方の仕事も、大変ですねえ〜。」 「清掃員?」 そう言うと、愛美は去って行った。 「あの人、さっきから、清掃員、清掃員って、僕のこと言ってるの?」 「そうみたい。」 スミレちゃんが、飲み終わるころに、美人漫画家の涌井先生が、なよなよとした足取りでやってきた。 「どうしたの、先生?」 「今、なよなよのシ−ンを描いていたの。」 「ふ〜〜ん。なんだかとっても、色っぽいわ。」 「ありがとう。」 「僕も、そのなよなよのシーン、なんだったら手伝いましょうか。」 「けっこうです。」 スミレちゃんが、手の平を返しながら紹介した。 「この人、ほどがやりゅうじさんです。」 「ほどがやりゅうじさん…」 美人漫画家の涌井いづみは、龍次の顔をまじまじと見た。 「なにか…」 「ひょっとして、ニート革命軍・環境世界主義経済学の、主権は地球環境に在るの、保土ヶ谷龍次先生ですか?」 「違いますよ〜。そんな偉大な人間じゃないですよ〜。」 「ああ、びっくりした!…そうですよね。」 「同じ場所を、ただ往復している、蟻んこ労働者ですよ。」 「やっぱり、清掃員の方で?」 「違いますよ〜。」 龍次は、名刺を出した。 「わ〜、綺麗な名刺!」 「みんな、僕じゃなくって、名刺に驚くんだな〜。」 「素敵な名刺ですねえ。どこで?」 「インターネットで注文しました。」 「もっと詳しく教えて頂けませんか。」 「僕のことですか?」 「名刺のことです。」 「にゃんにゃんにゃん。」と言いながら、龍次はスミレちゃんの小さな頭に、大きな頭をくっつけた。 スミレちゃんは、にこっと笑った。 「龍次さんは、にゃんにゃんにゃんの甘えん坊さんなんです。」 「それじゃあ、毎晩、奥さんに甘えてらっしゃるんで。」 「えっ?」 「そういう顔をしてらっしゃいますわ。」 「そんな、やわな人間じゃないですよ。これでも、日本男児ですから。」 涌井いづみは、改めて名刺を見た。
国際連合プラントエンジニア…、チーフ・テクノロジー・オフィサー
「国連の…、すごい方だったんですねえ。失礼しました!」 彼女は頭を下げた。 「いいんですよ、職業に貴賎はありません。」 「ほんとうに、申し訳ありません!」 「いいんですよ、ちっとも気にしていませんから。」 スミレちゃんが、中に入った。 「龍次さんは、インテリのジェントルマンですから、とっても優しいんです。」 龍次は、笑い顔で二人を見ていた。いづみは、ほっと安心して、話題を変えた。 「インターネット、使えますか?」 「もっちろんですよ〜。失礼な質問だなあ。インテリですよ。」 「インテリでも、使えない人が多いんですよ。」 「任せてください。どこにあるんですか!?」 「こっちです。…ダブルクリックできますか?」 「もっちろんですよ〜。さっきから失礼な質問だなあ〜。会社では、ダブルクリックの龍ちゃん!って、呼ばれているんですから〜!」 「ま〜、いやらしい!」 「はっ?」 パソコンは、隣の部屋にあった。 「ああ、パソコンだあ。これを見ると心が、とってもとっても安心するなあ〜!」 「……」 「それじゃあ、僕が作った僕の素敵なホームページでも見せてあげようかな?」 「そんなのあるんですか?」 「勿論ですよ〜〜!」 「ぜひ、見せてください。」 「ええっと、先ずはダブルクリックでインターネット接続、接続っと!」 「ええっと、…ここは、ダブルクリックじゃなくって、シングルクリックで選択っと…」 スミレちゃんは、龍次の隣にいた。 「ややこしそうだねえ〜?」 「簡単だよ、こんなの〜、ちょちょいのちょいだよ。…はい出ました〜。」 「ああ、ここですか。自然薯(じねんじょ)龍次のハイテク案山子(かかし)…」 「スミレちゃん。僕のハイテクニックのダブルクリックを教えてあげるよ。」 「そんなの、いいわ。」 龍次は、いづみに質問した。 「先生、ひょっとしたら、血液型B型でしょう。」 「ええ、そうです。」 「やっぱりね。」 「じゃあ、あなたは、A型でしょう。」 「当たり〜〜〜!凄いなあ〜!」 スミレちゃんは、パソコンの画面を覗き込んでいた。龍次がスミレちゃんに質問した。 「スミレちゃんは、何型?」 「わたし…、ええっとね。…C型!」 「C型!?面白いこと言うねえ。スミレちゃんは。」 二人はは、スミレちゃんを睨みながら、それぞれにそれぞれの笑い方で、心の底から大いに笑い合っていた。スミレちゃんは、目の前の空気を、微笑みながら目を寄せて睨んでいた。
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