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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第64回   B指令
龍次とスミレちゃんは、豹柄の家の豹の絵が描いてあるドアの前で立ち止まった。龍次が、ドアホンを押そうとした。スミレちゃんが止めた。
「お仕事の邪魔になるから、ポストに入れておきましょう。」
「あっ、それもそうだね。」
ドアが開いた。ぱっちり目の愛美(めぐみ)が、立っていた。
「あらっ、どうしたんですか?」
スミレちゃんが、デジタルプレーヤーを差し出した。
「これ、落ちてましたよ。」
「あ〜〜、良かった!今、探しに行こうと思ってたんですよ。」
玄関のドアホンのスピーカーから、声が流れた。
「どなた〜〜?」
「スミレちゃんです。親切にプレーヤーを届けてくれました。清掃作業員の方も一緒です。」
「B指令を実行して。」
「はい。」
愛美ちゃんは、スミレちゃんを見た。
「スミレちゃん、お茶でも飲んでいって。そちらの、清掃員の方も、どうぞ。」
「清掃員?」
「遠慮せずに、どうぞ。」
スミレちゃんが、龍次の背中を可愛い手で叩いた。
「およばれしましょう。」
「あっ、そうだね。」
愛美ちゃんは、龍次が持っている流木を見た。
「ゴミは、外に置いておいてください。」
「あっ、これ。これゴミじゃないんですよ。趣味で集めているんです。」
「ああ、そうなんですか。」
「砂がついてるから、ここに置いておきます。」
「仕事を生かした、いい御趣味ですわ。」
「仕事を生かした?」
二人は、中に入って行った。応接間のようなところに通された。
「スミレちゃんは、オレンジジュースでいいかな?」
「はい、いいです。」
「そちらの清掃員の方は、日本茶でいいですか?」
龍次は、自分に指差した。
「僕のこと?いいです、いいです。」
「ここで、座って待っててください。」
「は〜〜い!」
「はい。」
愛美は、いなくなった。
「とっても、素敵なお部屋ね。」
「そうだねえ。乙女チックだねえ。」
「そうかしら。」
愛美が、お盆に、ケーキとお茶とオレンジジュースを待って戻ってきた。
「はい、スミレちゃんはオレンジジュース。」
「ありがとう。」
龍次の前には、お茶を置いた。
「これ、親戚から送ってもらった、静岡の川根茶です。」
「は〜〜、これはこれは、けっこうなものを。」
「わ〜〜、いい香りだわ!」
「あっ、ほんとだ。さすがに、静岡の川根茶だなあ。」
「かわねちゃって、こういう香りなの?」
「さすがに、静岡の銘茶ですねえ。」
「はい。スミレちゃんには、ブルベリーケーキ。」
「わ〜、美味しそうだわ〜!」
「清掃員の方は、ラム酒で作った、ラムレーズンケーキです。アルコールが入ってますけど、大丈夫かしら?」
「も〜〜、まるっきし大丈夫も大丈夫!なんだか、うっまそうだなあ〜〜!」
「それ、おいしそうねぇ。」
スミレちゃんは、スプーンで取ろうとした。
「駄目だよ、子供は〜!めっ!」
「ケチ!」
「もう少ししたら、先生がやってきます。」
スミレちゃんは、自分に出されたケーキを食べ始めた。龍次は、食べる前に言った。
「大変な、お仕事ですねえ。」
「そうなんです。休みも平日も、夜も昼も、お正月もないんです。思い立ったときが仕事なんですよ。」
「そうなんですか。僕みたいな、単純労働者には、とてもとてもできないなあ。」
「最近は、ゴミが複雑で大変ですねぇ。」
「そうなんですよ。分別がややこしくてねえ。まいってますよ。」
「清掃員の方の仕事も、大変ですねえ〜。」
「清掃員?」
そう言うと、愛美は去って行った。
「あの人、さっきから、清掃員、清掃員って、僕のこと言ってるの?」
「そうみたい。」
スミレちゃんが、飲み終わるころに、美人漫画家の涌井先生が、なよなよとした足取りでやってきた。
「どうしたの、先生?」
「今、なよなよのシ−ンを描いていたの。」
「ふ〜〜ん。なんだかとっても、色っぽいわ。」
「ありがとう。」
「僕も、そのなよなよのシーン、なんだったら手伝いましょうか。」
「けっこうです。」
スミレちゃんが、手の平を返しながら紹介した。
「この人、ほどがやりゅうじさんです。」
「ほどがやりゅうじさん…」
美人漫画家の涌井いづみは、龍次の顔をまじまじと見た。
「なにか…」
「ひょっとして、ニート革命軍・環境世界主義経済学の、主権は地球環境に在るの、保土ヶ谷龍次先生ですか?」
「違いますよ〜。そんな偉大な人間じゃないですよ〜。」
「ああ、びっくりした!…そうですよね。」
「同じ場所を、ただ往復している、蟻んこ労働者ですよ。」
「やっぱり、清掃員の方で?」
「違いますよ〜。」
龍次は、名刺を出した。
「わ〜、綺麗な名刺!」
「みんな、僕じゃなくって、名刺に驚くんだな〜。」
「素敵な名刺ですねえ。どこで?」
「インターネットで注文しました。」
「もっと詳しく教えて頂けませんか。」
「僕のことですか?」
「名刺のことです。」
「にゃんにゃんにゃん。」と言いながら、龍次はスミレちゃんの小さな頭に、大きな頭をくっつけた。
スミレちゃんは、にこっと笑った。
「龍次さんは、にゃんにゃんにゃんの甘えん坊さんなんです。」
「それじゃあ、毎晩、奥さんに甘えてらっしゃるんで。」
「えっ?」
「そういう顔をしてらっしゃいますわ。」
「そんな、やわな人間じゃないですよ。これでも、日本男児ですから。」
涌井いづみは、改めて名刺を見た。

 国際連合プラントエンジニア…、チーフ・テクノロジー・オフィサー

「国連の…、すごい方だったんですねえ。失礼しました!」
彼女は頭を下げた。
「いいんですよ、職業に貴賎はありません。」
「ほんとうに、申し訳ありません!」
「いいんですよ、ちっとも気にしていませんから。」
スミレちゃんが、中に入った。
「龍次さんは、インテリのジェントルマンですから、とっても優しいんです。」
龍次は、笑い顔で二人を見ていた。いづみは、ほっと安心して、話題を変えた。
「インターネット、使えますか?」
「もっちろんですよ〜。失礼な質問だなあ。インテリですよ。」
「インテリでも、使えない人が多いんですよ。」
「任せてください。どこにあるんですか!?」
「こっちです。…ダブルクリックできますか?」
「もっちろんですよ〜。さっきから失礼な質問だなあ〜。会社では、ダブルクリックの龍ちゃん!って、呼ばれているんですから〜!」
「ま〜、いやらしい!」
「はっ?」
パソコンは、隣の部屋にあった。
「ああ、パソコンだあ。これを見ると心が、とってもとっても安心するなあ〜!」
「……」
「それじゃあ、僕が作った僕の素敵なホームページでも見せてあげようかな?」
「そんなのあるんですか?」
「勿論ですよ〜〜!」
「ぜひ、見せてください。」
「ええっと、先ずはダブルクリックでインターネット接続、接続っと!」
「ええっと、…ここは、ダブルクリックじゃなくって、シングルクリックで選択っと…」
スミレちゃんは、龍次の隣にいた。
「ややこしそうだねえ〜?」
「簡単だよ、こんなの〜、ちょちょいのちょいだよ。…はい出ました〜。」
「ああ、ここですか。自然薯(じねんじょ)龍次のハイテク案山子(かかし)…」
「スミレちゃん。僕のハイテクニックのダブルクリックを教えてあげるよ。」
「そんなの、いいわ。」
龍次は、いづみに質問した。
「先生、ひょっとしたら、血液型B型でしょう。」
「ええ、そうです。」
「やっぱりね。」
「じゃあ、あなたは、A型でしょう。」
「当たり〜〜〜!凄いなあ〜!」
スミレちゃんは、パソコンの画面を覗き込んでいた。龍次がスミレちゃんに質問した。
「スミレちゃんは、何型?」
「わたし…、ええっとね。…C型!」
「C型!?面白いこと言うねえ。スミレちゃんは。」
二人はは、スミレちゃんを睨みながら、それぞれにそれぞれの笑い方で、心の底から大いに笑い合っていた。スミレちゃんは、目の前の空気を、微笑みながら目を寄せて睨んでいた。


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