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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第60回   僕は僕であろうとし…
一平は、上着の内ポケットの名刺入れから名刺を差し出した。
「遅れまして、わたし、こういう者です。」
龍次は、差し出された紙の名刺を受け取った。
「探偵さんですか。」
「はい。」
「忙しそうな仕事ですねえ。」
「それほどでもないです。」
スミレちゃんは、砂浜に打ち寄せる波を見ながら歩いていた。
「探偵って、悪い人をやっつけるの?」
「そんなかっこいいもんじゃないよ。」
「でも、いろいろと大変なんでしょう。」
「まあね。」
スミレちゃんは、空を見上げた。
「いい天気になってきたわ。」
一平も、空を見上げた。
「ほんとだ。」
龍次も、空を見上げた。
「やっぱり、あの頃の空とは、どこか違うなあ…」
「あの頃って?」
「みんなと遊びながら、きりきり舞いしていた、あの頃の空…、どこか違ってるなあ…」
「もっと、空が澄んでいたの?」
「って言うか、もっと、空も人々も生活も、きりきり舞いしてたよ…」
「それ、不思議な言葉ね。やっぱりインテリだわ。言葉がキラキラと風に揺れて光ってるわ。」
「そんな馬鹿な。言葉が光ったら、眩しくって喋れないよ。それに僕は、インテリなんかじゃないよ。」
「きっと、なにもかもが、きりきり舞いだったのね…」
「そうだなあ…、きりきり舞いで、きりきり舞いながら、必死に生きていたなあ…」
「とっても、素敵な龍次さんの言葉だわ。」
「そぉおう?」
「他の人からは、出てこない言葉だわ。」

 きりきり舞いの風の中 僕らは 僕は僕であろうとし
   ひたすらに僕であろうとし 必死で僕であろうとし…

「必死で、きりきり舞いの世の中と戦ってきたのね。とっても立派だわ。」
「僕が小さい頃、ばあちゃんは遠くの市場まで出掛けて行くんだよ。昔の人は強かったなあ…」
「思い出は大切だわ。」
「あっ、ばあちゃんだ!」
五十メートルほど離れた、砂浜と松原の境の丘の上で、老婆が手を振っていた。
「龍次さん。あれは亡霊よ。」
「…亡霊なんかじゃないよ。ばあちゃ〜〜ん!」
 < 龍次、市場に行ってくるよ。何か欲しいものはあるかい? >
「かしわ餅!」
 < かしわ餅だね… >
「歩いて行くの、遠いよ。バスに乗って行きなよ。」
 < このくらい大したことないよ、若い頃は二里も三里も歩いたもんだよ。 >
「僕も一緒に行くよ!」
 < あんたは子供の頃から利口だったね。最後まで利口に生きるんだよ。悪い奴が多いから油断しちゃあ駄目だよ! >
「うん。分かったよ!」
老婆は、松原の中に、ゆっくりと歩いて消えていなくなった。
「ばあちゃ〜〜ん!」
龍次は、走って行った。老婆はいなかった。龍次は立ち止まった。
「どこに行ったんだろう?」
スミレちゃんと、一平がやってきた。
「あれは、亡霊よ。」
「亡霊?」
「消えたら、もう戻っては来ないわ。」
「スミレちゃんといると、必ず亡霊が出てくるね。この前も出てきたね。」
「そうだったわね。」
「不思議だなあ…」
スミレちゃんは、知らん顔して黙っていた。
「ひょっとして、スミレちゃんも亡霊だったりして?」
「そんなわけないでしょう。」
「ひょっとして、血が流れてないなかったりして。」
「そんなわけないでしょう。」
「手を出してみてよ。」
「いいわよ。はい。」
スミレちゃんは、小さな可愛い右手を出して、手の平を見せた。
龍次は、恐る恐る両手でスミレちゃんの可愛い右手を握った。
「ほんとだ。温っかいや。良かったぁ〜。」
「当たり前だわ。」
「ひょとしたら、妖怪か妖精か天使か悪魔かなあ、と本気で思っちゃった!」
「そんなの、いないわよ。」
「そうかなあ…、ひょっとしらいるかもよ。」
「そんなの、いるわけないじゃない。」
上空を、一羽のカラスが、何かをくわえてながら飛び去って行った。
「ゴミをくわえているわ。どうするのかしら。」
「さあ、僕たちもやりましょう!」
「やりましょう〜。寂しがり屋のゴミが待ってるわ。」
「ああ〜〜ぁ、自然を見てると、癒されるな〜!」龍次は、大きく手を広げた。
「きっと、疲れていたんだわ。」
「そうだなあ。疲れると、疲れた考えしか出てこないんだよねえ。いくら頑張っても。」
「そうかも知れないわ。」
「貧すれば、鈍するってやつだよ。」
「あっ、ペットボトルだわ。」
スミレちゃんは、駆けて行って拾った。二人がやってきた。
「はい。」
一平は、大きなゴミ袋にペットボトルを入れた。
前の方から、マシンガンを持った五歳くらいの男の子と、少し太った買い物籠を持った老婆がやってきた。
「あっ、くりくり栗坊だ。」


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