一平は、上着の内ポケットの名刺入れから名刺を差し出した。 「遅れまして、わたし、こういう者です。」 龍次は、差し出された紙の名刺を受け取った。 「探偵さんですか。」 「はい。」 「忙しそうな仕事ですねえ。」 「それほどでもないです。」 スミレちゃんは、砂浜に打ち寄せる波を見ながら歩いていた。 「探偵って、悪い人をやっつけるの?」 「そんなかっこいいもんじゃないよ。」 「でも、いろいろと大変なんでしょう。」 「まあね。」 スミレちゃんは、空を見上げた。 「いい天気になってきたわ。」 一平も、空を見上げた。 「ほんとだ。」 龍次も、空を見上げた。 「やっぱり、あの頃の空とは、どこか違うなあ…」 「あの頃って?」 「みんなと遊びながら、きりきり舞いしていた、あの頃の空…、どこか違ってるなあ…」 「もっと、空が澄んでいたの?」 「って言うか、もっと、空も人々も生活も、きりきり舞いしてたよ…」 「それ、不思議な言葉ね。やっぱりインテリだわ。言葉がキラキラと風に揺れて光ってるわ。」 「そんな馬鹿な。言葉が光ったら、眩しくって喋れないよ。それに僕は、インテリなんかじゃないよ。」 「きっと、なにもかもが、きりきり舞いだったのね…」 「そうだなあ…、きりきり舞いで、きりきり舞いながら、必死に生きていたなあ…」 「とっても、素敵な龍次さんの言葉だわ。」 「そぉおう?」 「他の人からは、出てこない言葉だわ。」
きりきり舞いの風の中 僕らは 僕は僕であろうとし ひたすらに僕であろうとし 必死で僕であろうとし…
「必死で、きりきり舞いの世の中と戦ってきたのね。とっても立派だわ。」 「僕が小さい頃、ばあちゃんは遠くの市場まで出掛けて行くんだよ。昔の人は強かったなあ…」 「思い出は大切だわ。」 「あっ、ばあちゃんだ!」 五十メートルほど離れた、砂浜と松原の境の丘の上で、老婆が手を振っていた。 「龍次さん。あれは亡霊よ。」 「…亡霊なんかじゃないよ。ばあちゃ〜〜ん!」 < 龍次、市場に行ってくるよ。何か欲しいものはあるかい? > 「かしわ餅!」 < かしわ餅だね… > 「歩いて行くの、遠いよ。バスに乗って行きなよ。」 < このくらい大したことないよ、若い頃は二里も三里も歩いたもんだよ。 > 「僕も一緒に行くよ!」 < あんたは子供の頃から利口だったね。最後まで利口に生きるんだよ。悪い奴が多いから油断しちゃあ駄目だよ! > 「うん。分かったよ!」 老婆は、松原の中に、ゆっくりと歩いて消えていなくなった。 「ばあちゃ〜〜ん!」 龍次は、走って行った。老婆はいなかった。龍次は立ち止まった。 「どこに行ったんだろう?」 スミレちゃんと、一平がやってきた。 「あれは、亡霊よ。」 「亡霊?」 「消えたら、もう戻っては来ないわ。」 「スミレちゃんといると、必ず亡霊が出てくるね。この前も出てきたね。」 「そうだったわね。」 「不思議だなあ…」 スミレちゃんは、知らん顔して黙っていた。 「ひょっとして、スミレちゃんも亡霊だったりして?」 「そんなわけないでしょう。」 「ひょっとして、血が流れてないなかったりして。」 「そんなわけないでしょう。」 「手を出してみてよ。」 「いいわよ。はい。」 スミレちゃんは、小さな可愛い右手を出して、手の平を見せた。 龍次は、恐る恐る両手でスミレちゃんの可愛い右手を握った。 「ほんとだ。温っかいや。良かったぁ〜。」 「当たり前だわ。」 「ひょとしたら、妖怪か妖精か天使か悪魔かなあ、と本気で思っちゃった!」 「そんなの、いないわよ。」 「そうかなあ…、ひょっとしらいるかもよ。」 「そんなの、いるわけないじゃない。」 上空を、一羽のカラスが、何かをくわえてながら飛び去って行った。 「ゴミをくわえているわ。どうするのかしら。」 「さあ、僕たちもやりましょう!」 「やりましょう〜。寂しがり屋のゴミが待ってるわ。」 「ああ〜〜ぁ、自然を見てると、癒されるな〜!」龍次は、大きく手を広げた。 「きっと、疲れていたんだわ。」 「そうだなあ。疲れると、疲れた考えしか出てこないんだよねえ。いくら頑張っても。」 「そうかも知れないわ。」 「貧すれば、鈍するってやつだよ。」 「あっ、ペットボトルだわ。」 スミレちゃんは、駆けて行って拾った。二人がやってきた。 「はい。」 一平は、大きなゴミ袋にペットボトルを入れた。 前の方から、マシンガンを持った五歳くらいの男の子と、少し太った買い物籠を持った老婆がやってきた。 「あっ、くりくり栗坊だ。」
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