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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第6回   百鬼夜行
りゅうじの携帯電話が鳴った。
「あっ、サッチーからだ。」
『…』
「見つかったの?」
『…』
「あっ、そう。良かったじゃん!」
りゅうじは携帯電話を切った。
「自殺志願者。見つかったんだって!」
茶髪の男が尋ねた。
「で、どうしたの。」
「止めて、帰ったんだって。」
「人騒がせなやつだなあ。」
ピンクのサングラスをかけた茶髪の女が上目遣いで尋ねた。「ほんとに終わったの、それで。」
「らしいよ。海も満ちてるし、風も強くなってきたし。帰ろう。」
編み笠をかぶった、お地蔵さんが座っていた。
「あっ、お地蔵さんだ。」
りゅうじは、お地蔵さんの前で両膝を曲げて姿勢を低くすると、手を合わせた。
「お参りしていこうっと!」
「お参り?」
りゅうじは、心の中で祈った。

 ばあちゃんの足が治りますように!
 元気になって歩けるようになりますように!
 どうかおねがいします!

「なんて祈ったの。」
「それは、内緒!言うと御利益がなくなっちゃうから!」
「どう〜せ、女のことだろう。」
「あたり〜〜〜ぃ!」
「やっぱしな!」
女も言った。
「ちゃちな奴だなあ〜。男が、女ごときに願い事して!」
りゅうじは、手に缶コーヒーを握っていた。お地蔵さんの前に、それを置いた。
「それ、飲まないの?」
「これは、お地蔵さんが飲むんだよ。」
「よっぽど惚れてんだな〜。」
女も言った。
「女ごときに!」

浜辺を、ホームレス風のおじさんが、バケツを持って鍬(くわ)を肩に担いで歩いていた。
「なんだ、あのおじさん。海で鍬なんか担いで。」
「おそらく、シャコでも取りに行ったんだろう。」
「シャコ?」
「海老みたいなやつだよ。殻(から)が柔らかくて甘くて美味しいだよ。」
「けっこう詳しいじゃん。」
「小さい頃、ばあちゃんにつれられて、よくここに来て取ってたよ。」
「ふ〜ん。」
「鍬で砂浜を少し掘って、隠れてる穴に筆を入れんだよ。」
「筆を?」
「そしたら、敵と間違えて筆を押し出してくんだ。そこを洗濯ハサミで捕まえるわっけ。」
「洗濯ハサミで取んの。」
「挟まれると痛いから、ばあちゃんは、そうやってたな。」
「ふ〜ん。」
「いいね。そういうの。あたしなんか何んにもないなあ。ばあちゃんもじいちゃんもいなかったから。」
「俺も。でも、そういうのっていいよなあ。ロマンチックで。」
りゅうじは、空を見上げた。
「なんだか雲行きが怪しくなってきたじゃん。」

突然、どこからか甲高い声が発せられた。
「大雨が降ってくるよ〜!」
ピンクの自転車に乗って、上空を指差していた。
「あっ、けんけん姉さんだぁ!」
「けんけん姉さん、どこに行くの〜?」
「我が家の温泉よ〜〜!」
けんけん姉さんは、ぴょんと漫画のヒーローのように飛び降りると、
「早く帰ったほうがいいよ〜!」と言い残し、「けんけん!」と言いながら、片足けんけん女乗りで、三人とは逆の方向に走って行った。
「けんけん姉さん、百鬼夜行(ひゃっきやこう)海岸のほうに行っちゃったよ。」
「温泉なんてあったっけ。あっちは、松の木ばっかりで何もないよ。」
「夜になると、妖怪が大声で唄いながら行列して歩くとこじゃん。」
「顔面血だらけの運転手の幽霊観光バスとか。」
「やっぱ、けんけん姉さんは妖怪だな。」
風を見ると、風はケラケラと嘲(あざけ)るように笑っていた。
「逃げろ〜〜!」
三人は、風に向かって無邪気な子供のように走り出した。

 ここにあるのは とんでもない毎日
   頷(うなづ)くほどに 納得できない毎日
 死んで行った人たちが 笑いながら走って行った毎日


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