外は、すっかり爽やかな天気になっていた。一羽のカラスが、クァクァァ〜!と言って、上空を飛んで行った。 「カラスが、あっかんべ〜、と言っているわ。」 「ふ〜〜ん。そういえば、カラス語を研究している学者がいたなあ。」 「あっ、雲の上で天女(てんにょ)が立って、手を振っているわ。」 「てんにょ?…あっ、ほんとだ。」 真っ白い衣(ころも)を来た、長い黒髪の天女が、こっちに向かって手を振っていた。 「手を振っては駄目よ。魂をさらわれてしまうわ。」 「あっ、そうなの。手を振るところだったよ。」 「雲の上は、とっても寒くて人間の住むとろろじゃないわ。」 「そうだね。」 二人が話していると、ジーンズを履き、坊主頭に野球帽をかぶった小柄な青年が出てきた。 青年は、大きなゴミ袋とゴミはさみを持って出てきた。 「お待たせ。」 駄洒落坊主の、だじゃ丸だった。 「お地蔵さんの手前に、鍵を掛けて止めておいてください。」 一平に、自転車の鍵を渡した。 「そこから、歩いて海岸のゴミを拾いながら、ここに戻ってくればいいんです。」 「分かりました。」 「おいらは、歩いて松原のゴミを拾ってお地蔵さんまで行きます。自転車に乗って帰って来ます。」 「分かりました。」 「では、行きましょう。」 「じゃあ、行こうか。スミレちゃん。」 「行きましょ〜!れっつ、ご〜〜!」 一平は、ペダルを踏み込んだ。 だじゃ丸が、大きな声で制した。 「あっ、ちょっと待ってください!」 だじゃ丸は、作業場の中に戻って行った。すぐに戻って来た。手に何かを持っていた。 「これを、ホームレスのおじさんに渡してください。七輪(ひちりん)です。」 「あっ、はい。黙って、渡せばいいんですね。」 「はい。」 自転車の後ろに引いてある、キャリーに載せた。 「じゃあ、行こうか。スミレちゃん。」 「れっつ、ご〜〜!」 一平は、ペダルを踏み込んだ。自転車は、アスファルトの歩道をスムーズに走り出した。 「ひゃっほ〜〜〜!ほ〜ほ〜ほ〜!」 「スミレちゃん。インデアンみたいだね。」 「そうかしら。」 「さあ、一生懸命に頑張るぞ〜!」 「適当にやらないと、寿命という電池は、すぐに終わってしまうわ。」 「うん?変なこと言うねえ、スミレちゃんは?」 「人生に転んだら、分かるわ。」 「ひゃほ〜〜〜ぉ!スミレちゃんの真似。」 「そうじゃないわ。ひゃっほ〜〜〜!」 松の木から、ひゃっほ〜〜!と、木霊(こだま)が呼んでいた。 「あっ、松の木の精霊たちが、こたえているわ。」 「ほんとだ。楽しそうな声だね。」 「そうね。」 「きっと、スミレちゃんのことが凄く好きなんだよ。」 「そうかしら。」 「きっと、そうだよ。」 「らんらんらん♪らんらんらん♪」 「あっ!」 「どうしたの?」 「猫姫だ!」 二百メートルほどの前方から、なよなよした足取りで、色っぽい着物を着た猫姫がやってくるのが見えた。 「止まって!」 一平は、ブレーキをかけ、止まった。 「目を見たら、一生憑きまとわれるわ。」 「知ってるよ。」 「わたしが、いいと言うまで、目を閉じてて。」 「分かった。」 「来たわ。」 一平は、目を閉じた。スミレちゃんは、お経を唱え始めた。 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」 猫姫は、両手で耳を塞ぎながら、駆け抜けて行った。 「もう、大丈夫よ。行ってしまったわ。」 「良かったあ。」 「邪悪な妖怪には、念仏を唱えるといいの。死神が取り憑いていなかったら去っていくわ。」 「あ〜、びっくりした。妖怪は、どっちかというと、変なのが多いなあ。」 「妖怪は、人間の心から産まれるの。」 「そうなんだよねえ。自業自得かなあ。」 公衆便所の前の手洗いで、ホームレスのおじさんが、手を洗っていた。 スミレちゃんは、手を振った。 「おじさ〜〜ん!」 おおじさんは、気がついた。自転車を見た。 「お〜〜、いいねえ、それ。」 「お父さんが作ってくれたの。」 「良かったねえ〜。」 「何、それ?」 「これ。松脂だよ。石鹸になるんだよ。」 「ふ〜〜〜ん。」 一平が、挨拶をした。 「こんにちわ。便所の掃除をされてたんですか?」 「そうだよ。役所に頼まれて、一日一回千円でやってるんだよ。」 「そうだったんですか。」 「おじさん。これ持って来たの。」 一平は、自転車を降りると、おじさんに七輪を手渡した。 「これ、頼まれました。」 「ありがとう!」 「これ、どうするんですか?」 「炭を熾(おこ)すんだよ。」 「なるほどう。」 「おじさんは、昔は炭を作って炭を売ってたの。」 「そうなんですか?」 「とっても金持ちだったのよ。」 おじさんは、思い出したように語り始めた。 「昔は、馬車馬のように、一生懸命に働いたよ。」 「そうだったんですか。」 「家も土地も家族もあったけど、幸せなんかはやってこなかったなあ。」 「不愉快な心では、いくらお金があっても、愉快になれないわ。」 一平は尋ねた。「今は、幸せなんですか?」 「自由で、ず〜〜っと、幸せだよ。多忙を生甲斐(いきがい)だと錯覚していたんだよ。今になって気がついたよ。」
|
|