20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:シュールミント 作者:毬藻

第56回   錯覚の人生
外は、すっかり爽やかな天気になっていた。一羽のカラスが、クァクァァ〜!と言って、上空を飛んで行った。
「カラスが、あっかんべ〜、と言っているわ。」
「ふ〜〜ん。そういえば、カラス語を研究している学者がいたなあ。」
「あっ、雲の上で天女(てんにょ)が立って、手を振っているわ。」
「てんにょ?…あっ、ほんとだ。」
真っ白い衣(ころも)を来た、長い黒髪の天女が、こっちに向かって手を振っていた。
「手を振っては駄目よ。魂をさらわれてしまうわ。」
「あっ、そうなの。手を振るところだったよ。」
「雲の上は、とっても寒くて人間の住むとろろじゃないわ。」
「そうだね。」
二人が話していると、ジーンズを履き、坊主頭に野球帽をかぶった小柄な青年が出てきた。
青年は、大きなゴミ袋とゴミはさみを持って出てきた。
「お待たせ。」
駄洒落坊主の、だじゃ丸だった。
「お地蔵さんの手前に、鍵を掛けて止めておいてください。」
一平に、自転車の鍵を渡した。
「そこから、歩いて海岸のゴミを拾いながら、ここに戻ってくればいいんです。」
「分かりました。」
「おいらは、歩いて松原のゴミを拾ってお地蔵さんまで行きます。自転車に乗って帰って来ます。」
「分かりました。」
「では、行きましょう。」
「じゃあ、行こうか。スミレちゃん。」
「行きましょ〜!れっつ、ご〜〜!」
一平は、ペダルを踏み込んだ。
だじゃ丸が、大きな声で制した。
「あっ、ちょっと待ってください!」
だじゃ丸は、作業場の中に戻って行った。すぐに戻って来た。手に何かを持っていた。
「これを、ホームレスのおじさんに渡してください。七輪(ひちりん)です。」
「あっ、はい。黙って、渡せばいいんですね。」
「はい。」
自転車の後ろに引いてある、キャリーに載せた。
「じゃあ、行こうか。スミレちゃん。」
「れっつ、ご〜〜!」
一平は、ペダルを踏み込んだ。自転車は、アスファルトの歩道をスムーズに走り出した。
「ひゃっほ〜〜〜!ほ〜ほ〜ほ〜!」
「スミレちゃん。インデアンみたいだね。」
「そうかしら。」
「さあ、一生懸命に頑張るぞ〜!」
「適当にやらないと、寿命という電池は、すぐに終わってしまうわ。」
「うん?変なこと言うねえ、スミレちゃんは?」
「人生に転んだら、分かるわ。」
「ひゃほ〜〜〜ぉ!スミレちゃんの真似。」
「そうじゃないわ。ひゃっほ〜〜〜!」
松の木から、ひゃっほ〜〜!と、木霊(こだま)が呼んでいた。
「あっ、松の木の精霊たちが、こたえているわ。」
「ほんとだ。楽しそうな声だね。」
「そうね。」
「きっと、スミレちゃんのことが凄く好きなんだよ。」
「そうかしら。」
「きっと、そうだよ。」
「らんらんらん♪らんらんらん♪」
「あっ!」
「どうしたの?」
「猫姫だ!」
二百メートルほどの前方から、なよなよした足取りで、色っぽい着物を着た猫姫がやってくるのが見えた。
「止まって!」
一平は、ブレーキをかけ、止まった。
「目を見たら、一生憑きまとわれるわ。」
「知ってるよ。」
「わたしが、いいと言うまで、目を閉じてて。」
「分かった。」
「来たわ。」
一平は、目を閉じた。スミレちゃんは、お経を唱え始めた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」
猫姫は、両手で耳を塞ぎながら、駆け抜けて行った。
「もう、大丈夫よ。行ってしまったわ。」
「良かったあ。」
「邪悪な妖怪には、念仏を唱えるといいの。死神が取り憑いていなかったら去っていくわ。」
「あ〜、びっくりした。妖怪は、どっちかというと、変なのが多いなあ。」
「妖怪は、人間の心から産まれるの。」
「そうなんだよねえ。自業自得かなあ。」
公衆便所の前の手洗いで、ホームレスのおじさんが、手を洗っていた。
スミレちゃんは、手を振った。
「おじさ〜〜ん!」
おおじさんは、気がついた。自転車を見た。
「お〜〜、いいねえ、それ。」
「お父さんが作ってくれたの。」
「良かったねえ〜。」
「何、それ?」
「これ。松脂だよ。石鹸になるんだよ。」
「ふ〜〜〜ん。」
一平が、挨拶をした。
「こんにちわ。便所の掃除をされてたんですか?」
「そうだよ。役所に頼まれて、一日一回千円でやってるんだよ。」
「そうだったんですか。」
「おじさん。これ持って来たの。」
一平は、自転車を降りると、おじさんに七輪を手渡した。
「これ、頼まれました。」
「ありがとう!」
「これ、どうするんですか?」
「炭を熾(おこ)すんだよ。」
「なるほどう。」
「おじさんは、昔は炭を作って炭を売ってたの。」
「そうなんですか?」
「とっても金持ちだったのよ。」
おじさんは、思い出したように語り始めた。
「昔は、馬車馬のように、一生懸命に働いたよ。」
「そうだったんですか。」
「家も土地も家族もあったけど、幸せなんかはやってこなかったなあ。」
「不愉快な心では、いくらお金があっても、愉快になれないわ。」
一平は尋ねた。「今は、幸せなんですか?」
「自由で、ず〜〜っと、幸せだよ。多忙を生甲斐(いきがい)だと錯覚していたんだよ。今になって気がついたよ。」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 16821