けんけん姉さんが、駄洒落坊主と一緒に、駐車場の入り口からやって来た。 「あら、高坂さん!どうしたの?」 「また来てしまいました。」 スミレちゃんが出てきた。 「お姉さ〜ん!」 「スミレちゃん。どうしたの?」 「素敵な冷蔵庫を持ってきてもらったのよ。」 「冷蔵庫?」 お父さんが出てきた。 「拾って来たんだって。ちゃんと動いたよ。」 「大丈夫なの?」 「まあ、大丈夫だろう。エンジニアの青丸くんがやってるから。」 「小さくて可愛いのよ。けんけん姉さんに見せてあげるわ。」 駄洒落坊主は、持ってきたコーヒーカップをテーブルに並べた。そして、コーヒーポットを置いた。 「姉さん、準備ができました。」 お父さんが、テーブルの前の椅子に座った。 「いいよ。勝手にやるから。」 「はい!」 姉さんは、笑顔でスミレちゃんの手を取った。 「じゃあ、見に行こう。」 二人は、スミレちゃんの部屋に入って行った。 間もなくして、姉さんとスミレちゃんは出てきた。 「らんらんらん♪らんらんらん♪」 二人の後ろから、イケメンの青鬼が出てきた。 三人は、テーブルの前の椅子に座った。 「あっ、スミレちゃんの飲み物がないわね。」 一平が、紙バッグからジュースを出した。 「これ飲んで。どくだみコーラ。」 「どくだみコーラ?」 「けっこう美味しいよ。」 「ありがとう。」 一平は、缶を開けてスミレちゃんの前に置いた。スミレちゃんは、小さな手で掴んで、一口飲んだ。 「わ〜〜〜!」 一平は、びっくりした。 「どうしたの?」 「凄い味!でも、面白い味だから飲むわ。人生は一回しかないから飲むわ。」 みんなは、スミレちゃんの変な答えに笑った。 けんけん姉さんが、心配そうにスミレちゃんの顔を見ながら、お父さんに言った。 「お父さん。ニュースで、今年は四十五℃の猛暑になるって言っていたわ。」 「そりゃあ、大変だ。自家発電式地下水冷房工事を夏までにはなんとかしよう。」 「そうね、電気が止まったら大変だもんね。」 「体温以上の高温は、生命に関わってくるからな。」 「どうして、いきなり四十五℃も上がるの?」 「大気の温度が、平均1℃上がると、局所的には、そのくらい上がるんだよ。酸素より重い二酸化炭素が大気の下を掻き乱すからだよ。」 一平は、博士に質問した。 「自家発電式地下水冷房って、何ですか?」 「環境工学の赤鬼くんがいれば、いいんだが。簡単な説明でいいですか。」 「はい、いいです。」 「井戸水を汲み上げて、壊れたクーラーの室内機に冷媒として通してやるんですよ。」 「ふ〜〜〜ん。それだと、モーターだけで冷えるんですね。」 「そうです。昔の冷房の方法です。室外機が要らないので、熱も放出しません。」 「それはいいですね。」 スミレちゃんが、いきなり質問した。 「お父さん。自由の刑って、どういう意味なの?」 「自由の刑…」 「さっき、妖怪大学の過激派の学生が叫んでいたわ。」 「それは、実存主義のサルトルの有名な言葉だよ。」 「じつぞんしゅぎ?」 「社会にではなく、自分自身の現実存在に生きるってことかな。」 「ふ〜〜ん?」 「自由だから、楽しいとは限らないでしょう。逆に苦しかったりするでしょう。」 「そうかしら…」スミレちゃんは、少し考え込んだ。 一平が質問した。 「どこの国の人なんですか?」 「有名なフランスの哲学者だよ。」 「じつぞんしゅぎ…」 「仏教も、自分に悟りを得る思想だから、実存主義だね。」 「キリスト教なんかは?」 「自分を神に委ねるので、神的実存と言いますね。」 「かみてきじつぞん…」 「自分ではなく、神に生きる本質を置くという考えです。」 「神に生きる本質を置く…」 「だから、サルトルの思想を、無神論的実存主義と言います。」 「…そう言えば、哲学の授業で習ったような…」 「工学には、基本となる哲学も必要なんですよ。生きる基本です。あなたにもあるでしょう?」 「僕は、ただ流されて生きてるだけで、そういうものは。」 「きっとありますよ。自覚していないだけのことですよ。」 「そうなのかなあ?」 「普通の人は、それでいいんですよ。科学者や宗教家のように、悩み苦しむ必要はありません。」 「博士は、いつも悩んで作っているのですか?」 「悩みますねえ。文明と金儲けは、異質のものですからねえ。」 姉さんが、口を挟んだ。 「お父さんは、金儲けができないの。ロマンチストだから。」 スミレちゃんが、大きな声で言った。 「お父さんの発明は、夢があって素敵だわ!」 その言葉に、大いに博士は喜んだ、ちょこんと隣に座ってるスミレちゃんの顔に、顔をくっつけてた。 「ありがと〜う。スミレちゃ〜ん!」 不意の出来事に、スミレちゃんは、びっくりした。 「ま〜〜ぁ、大きな顔ですこと!」 その言葉に、みんなは心の底から大いに笑い合った。蟻が一匹、テーブルの上で、自由に動いていた。 「スミレちゃんには、ちょっと難しかったかな?」 「苦しい自由のこと?」 「うん。」 「分かったわ。つまり、死ぬほど退屈な自由ってことね。」 「お〜〜っ、なるほど!すばらしい答えだなあ!」 一平が、自分のことのように、誇らしげに割って入った。 「スミレちゃんは、IQが高いんですよ。いつも、言葉が的確なんです。あ〜〜、それだったら、僕にも分かるな〜!」 スミレちゃんは、きょとんとしていた。 「アイキュ〜って、なあに?」 「頭がいいってことだよ。」 「わたしが?そうかしら?」 お父さんも、自分のことのように、なんだか誇らしげだった。 「産んでくれた大地に、感謝しなくちゃいけないね。」 駄洒落坊主が出てきて、口を挟んだ。 「おいらが代わりに、大地にお礼を言いましょう。」 駄洒落坊主は、正座をした。みんなは、不可思議な彼の行動を、いつものように見守った。 彼は、大地に向かって深く頭を下げた。 「アイキュウ・ベリマッチ!」 みんなは、大笑いをした。
時間の流れの中で 今ここで現実に活動している現実存在としての「私」は 永遠の宇宙の本質から見放された 自由な個の存在として 生きる意味を与えられることなく 不条理な現実のうちに投げ出されたまま いわば「自由の刑に処された」ままの個として 他者と入れ替わることの出来ない「私」として 生を生きている
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