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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第54回   無神論的ロマンチスト
けんけん姉さんが、駄洒落坊主と一緒に、駐車場の入り口からやって来た。
「あら、高坂さん!どうしたの?」
「また来てしまいました。」
スミレちゃんが出てきた。
「お姉さ〜ん!」
「スミレちゃん。どうしたの?」
「素敵な冷蔵庫を持ってきてもらったのよ。」
「冷蔵庫?」
お父さんが出てきた。
「拾って来たんだって。ちゃんと動いたよ。」
「大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫だろう。エンジニアの青丸くんがやってるから。」
「小さくて可愛いのよ。けんけん姉さんに見せてあげるわ。」
駄洒落坊主は、持ってきたコーヒーカップをテーブルに並べた。そして、コーヒーポットを置いた。
「姉さん、準備ができました。」
お父さんが、テーブルの前の椅子に座った。
「いいよ。勝手にやるから。」
「はい!」
姉さんは、笑顔でスミレちゃんの手を取った。
「じゃあ、見に行こう。」
二人は、スミレちゃんの部屋に入って行った。
間もなくして、姉さんとスミレちゃんは出てきた。
「らんらんらん♪らんらんらん♪」
二人の後ろから、イケメンの青鬼が出てきた。
三人は、テーブルの前の椅子に座った。
「あっ、スミレちゃんの飲み物がないわね。」
一平が、紙バッグからジュースを出した。
「これ飲んで。どくだみコーラ。」
「どくだみコーラ?」
「けっこう美味しいよ。」
「ありがとう。」
一平は、缶を開けてスミレちゃんの前に置いた。スミレちゃんは、小さな手で掴んで、一口飲んだ。
「わ〜〜〜!」
一平は、びっくりした。
「どうしたの?」
「凄い味!でも、面白い味だから飲むわ。人生は一回しかないから飲むわ。」
みんなは、スミレちゃんの変な答えに笑った。
けんけん姉さんが、心配そうにスミレちゃんの顔を見ながら、お父さんに言った。
「お父さん。ニュースで、今年は四十五℃の猛暑になるって言っていたわ。」
「そりゃあ、大変だ。自家発電式地下水冷房工事を夏までにはなんとかしよう。」
「そうね、電気が止まったら大変だもんね。」
「体温以上の高温は、生命に関わってくるからな。」
「どうして、いきなり四十五℃も上がるの?」
「大気の温度が、平均1℃上がると、局所的には、そのくらい上がるんだよ。酸素より重い二酸化炭素が大気の下を掻き乱すからだよ。」
一平は、博士に質問した。
「自家発電式地下水冷房って、何ですか?」
「環境工学の赤鬼くんがいれば、いいんだが。簡単な説明でいいですか。」
「はい、いいです。」
「井戸水を汲み上げて、壊れたクーラーの室内機に冷媒として通してやるんですよ。」
「ふ〜〜〜ん。それだと、モーターだけで冷えるんですね。」
「そうです。昔の冷房の方法です。室外機が要らないので、熱も放出しません。」
「それはいいですね。」
スミレちゃんが、いきなり質問した。
「お父さん。自由の刑って、どういう意味なの?」
「自由の刑…」
「さっき、妖怪大学の過激派の学生が叫んでいたわ。」
「それは、実存主義のサルトルの有名な言葉だよ。」
「じつぞんしゅぎ?」
「社会にではなく、自分自身の現実存在に生きるってことかな。」
「ふ〜〜ん?」
「自由だから、楽しいとは限らないでしょう。逆に苦しかったりするでしょう。」
「そうかしら…」スミレちゃんは、少し考え込んだ。
一平が質問した。
「どこの国の人なんですか?」
「有名なフランスの哲学者だよ。」
「じつぞんしゅぎ…」
「仏教も、自分に悟りを得る思想だから、実存主義だね。」
「キリスト教なんかは?」
「自分を神に委ねるので、神的実存と言いますね。」
「かみてきじつぞん…」
「自分ではなく、神に生きる本質を置くという考えです。」
「神に生きる本質を置く…」
「だから、サルトルの思想を、無神論的実存主義と言います。」
「…そう言えば、哲学の授業で習ったような…」
「工学には、基本となる哲学も必要なんですよ。生きる基本です。あなたにもあるでしょう?」
「僕は、ただ流されて生きてるだけで、そういうものは。」
「きっとありますよ。自覚していないだけのことですよ。」
「そうなのかなあ?」
「普通の人は、それでいいんですよ。科学者や宗教家のように、悩み苦しむ必要はありません。」
「博士は、いつも悩んで作っているのですか?」
「悩みますねえ。文明と金儲けは、異質のものですからねえ。」
姉さんが、口を挟んだ。
「お父さんは、金儲けができないの。ロマンチストだから。」
スミレちゃんが、大きな声で言った。
「お父さんの発明は、夢があって素敵だわ!」
その言葉に、大いに博士は喜んだ、ちょこんと隣に座ってるスミレちゃんの顔に、顔をくっつけてた。
「ありがと〜う。スミレちゃ〜ん!」
不意の出来事に、スミレちゃんは、びっくりした。
「ま〜〜ぁ、大きな顔ですこと!」
その言葉に、みんなは心の底から大いに笑い合った。蟻が一匹、テーブルの上で、自由に動いていた。
「スミレちゃんには、ちょっと難しかったかな?」
「苦しい自由のこと?」
「うん。」
「分かったわ。つまり、死ぬほど退屈な自由ってことね。」
「お〜〜っ、なるほど!すばらしい答えだなあ!」
一平が、自分のことのように、誇らしげに割って入った。
「スミレちゃんは、IQが高いんですよ。いつも、言葉が的確なんです。あ〜〜、それだったら、僕にも分かるな〜!」
スミレちゃんは、きょとんとしていた。
「アイキュ〜って、なあに?」
「頭がいいってことだよ。」
「わたしが?そうかしら?」
お父さんも、自分のことのように、なんだか誇らしげだった。
「産んでくれた大地に、感謝しなくちゃいけないね。」
駄洒落坊主が出てきて、口を挟んだ。
「おいらが代わりに、大地にお礼を言いましょう。」
駄洒落坊主は、正座をした。みんなは、不可思議な彼の行動を、いつものように見守った。
彼は、大地に向かって深く頭を下げた。
「アイキュウ・ベリマッチ!」
みんなは、大笑いをした。

 時間の流れの中で 今ここで現実に活動している現実存在としての「私」は
 永遠の宇宙の本質から見放された 自由な個の存在として
 生きる意味を与えられることなく 不条理な現実のうちに投げ出されたまま
 いわば「自由の刑に処された」ままの個として
 他者と入れ替わることの出来ない「私」として 生を生きている


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