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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第50回   蟻の戦争
 < ぅおおおおお〜〜〜 ! >

「あっ、人獣(にんじゅう)だわ!」
それは、人と同じ形の獣妖怪だった。人獣は人間と違い本能だけで生きていた。
「ここにいると危険だわ。」
「そんなに怖いの?」
「人獣は、美しいものや自分よりも優れたものに嫉妬して、口から火を吐いて襲ってくるの。」
「根性の悪い妖怪だなあ〜。たちが悪いねえ。」
「根性の悪い人間がいるから、根性の悪い妖怪が生まれるの。」
「そうなんだ。困ったもんだねえ。」
「根性の悪い人間がいなくなればいいのよ。そしたら、世の中が平和になるわ。」
「なるほどねえ。」
「こっちに来るわ。草むらに隠れていましょう。」
「もし、見つかったらどうするの?」
「逃げるの。人獣は足が遅いから大丈夫。」
「やっつける方法はないの?」
「激しいロックンロールの音でも逃げて行くわ。」
「そうなの。クラシックのような、美しい音では駄目なんだね?」
「美しい音は、なめられるわ。」
「そうか。そういうことか。」
「さあ、隠れましょう!」
二人は、近くの草むらに隠れた。
「こんなところでいいのかな?」
「大丈夫。人獣は前しか見ないから。」
「後ろは見ないんだ?」
「そう、後ろは見ないの。」

 < ぅおおおおお〜〜〜 ! >

「来たわ。」
二人は、精一杯身を屈めた。
人獣は、口から真っ赤な炎を吐きながら、二人の前を通り過ぎて行った。
「行ってしまったわ。もう大丈夫。」
「ああ、良かった!」
「人獣は、他の魂を食べて生きているの。自分の魂がないの。」
「恐ろしい。」
「心がしっかりしていれば、大丈夫よ。」
人獣は見えなくなった。二人は歩き出した。
「普通の人間には見えないんだよね?あれ。」
「そうね。ホームレスのおじさんには見えないわ。」
おじさんは、テントの前で焼き芋を食べながら本を読んでいた。二人に気がついた。
「おお〜、どうしたの?」
スミレちゃんは笑顔で答えた。
「これ、拾ったの。」
おじさんは、一平が引いている物を見た。
「冷蔵庫かな?」
「そうよ。」
「使えるの?」
「分からないわ。でも、お父さんに直してもらうの。」
「直るかな?」
「お父さんは発明家だから、ちょちょいのちょいで直せるわ。」
「そうだねえ。」
「なに読んでるの?」
「チベット旅行記っていう本だよ。」
「ふ〜〜ん。チベットって遠いの?」
「とっても遠いよ。大きな山の国なんだよ。」
「ふ〜〜ん。寒そうね。」
「とても寒いって、書いてあるよ。」
「人も住んでるの?」
「住んでるよ。」
「大きな町はあるの?」
「そんなのはないよ。山と小さな村だけだよ。」
「じゃあ、贅沢はしてないのね。」
「贅沢なんかしてないよ。」
「きっと、偉い人たちなのね。どんな人たちなのか、会ってみたいわ。」
「決して戦争をしないんだよ。」
「そういう人たちもいるのね。知らなかったわ。」
にゃ〜〜っと鳴いて、テントの中から、猫が出てきた。
猫は立ち上がって、ピクニックバスケットの中を覗こうとした。
スミレちゃんは、「こらっ!」と怒って、追い払った。
「あら、蟻が戦争をしてるわ。」
「生きるか死ぬかの、なわばり争いだな。」
「わ〜、凄いですねえ。」
無数の蟻の群れが、互いに引っ張り合い、噛みつき合っていた。
「同じようだけど、敵味方どうやって区別してるんだろう?」
「頭が違うわ。茶色の頭と黒い頭が戦っているわ。」
 「右側の黒頭軍が多いなあ。」
「そうですね。千はいますね。」
「あっ、向こうから茶色頭の援軍がやってきたわ。」
 「お〜〜、これで、逆転だ。」
「凄い戦いになりそうですねえ。」
一平は、携帯電話を上着の内ポケットから取り出すと、動画で撮り始めた。
猫だけが、たじろぎもせずに、鋭い目で蟻の戦争を見ていた。


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