< ぅおおおおお〜〜〜 ! >
「あっ、人獣(にんじゅう)だわ!」 それは、人と同じ形の獣妖怪だった。人獣は人間と違い本能だけで生きていた。 「ここにいると危険だわ。」 「そんなに怖いの?」 「人獣は、美しいものや自分よりも優れたものに嫉妬して、口から火を吐いて襲ってくるの。」 「根性の悪い妖怪だなあ〜。たちが悪いねえ。」 「根性の悪い人間がいるから、根性の悪い妖怪が生まれるの。」 「そうなんだ。困ったもんだねえ。」 「根性の悪い人間がいなくなればいいのよ。そしたら、世の中が平和になるわ。」 「なるほどねえ。」 「こっちに来るわ。草むらに隠れていましょう。」 「もし、見つかったらどうするの?」 「逃げるの。人獣は足が遅いから大丈夫。」 「やっつける方法はないの?」 「激しいロックンロールの音でも逃げて行くわ。」 「そうなの。クラシックのような、美しい音では駄目なんだね?」 「美しい音は、なめられるわ。」 「そうか。そういうことか。」 「さあ、隠れましょう!」 二人は、近くの草むらに隠れた。 「こんなところでいいのかな?」 「大丈夫。人獣は前しか見ないから。」 「後ろは見ないんだ?」 「そう、後ろは見ないの。」
< ぅおおおおお〜〜〜 ! >
「来たわ。」 二人は、精一杯身を屈めた。 人獣は、口から真っ赤な炎を吐きながら、二人の前を通り過ぎて行った。 「行ってしまったわ。もう大丈夫。」 「ああ、良かった!」 「人獣は、他の魂を食べて生きているの。自分の魂がないの。」 「恐ろしい。」 「心がしっかりしていれば、大丈夫よ。」 人獣は見えなくなった。二人は歩き出した。 「普通の人間には見えないんだよね?あれ。」 「そうね。ホームレスのおじさんには見えないわ。」 おじさんは、テントの前で焼き芋を食べながら本を読んでいた。二人に気がついた。 「おお〜、どうしたの?」 スミレちゃんは笑顔で答えた。 「これ、拾ったの。」 おじさんは、一平が引いている物を見た。 「冷蔵庫かな?」 「そうよ。」 「使えるの?」 「分からないわ。でも、お父さんに直してもらうの。」 「直るかな?」 「お父さんは発明家だから、ちょちょいのちょいで直せるわ。」 「そうだねえ。」 「なに読んでるの?」 「チベット旅行記っていう本だよ。」 「ふ〜〜ん。チベットって遠いの?」 「とっても遠いよ。大きな山の国なんだよ。」 「ふ〜〜ん。寒そうね。」 「とても寒いって、書いてあるよ。」 「人も住んでるの?」 「住んでるよ。」 「大きな町はあるの?」 「そんなのはないよ。山と小さな村だけだよ。」 「じゃあ、贅沢はしてないのね。」 「贅沢なんかしてないよ。」 「きっと、偉い人たちなのね。どんな人たちなのか、会ってみたいわ。」 「決して戦争をしないんだよ。」 「そういう人たちもいるのね。知らなかったわ。」 にゃ〜〜っと鳴いて、テントの中から、猫が出てきた。 猫は立ち上がって、ピクニックバスケットの中を覗こうとした。 スミレちゃんは、「こらっ!」と怒って、追い払った。 「あら、蟻が戦争をしてるわ。」 「生きるか死ぬかの、なわばり争いだな。」 「わ〜、凄いですねえ。」 無数の蟻の群れが、互いに引っ張り合い、噛みつき合っていた。 「同じようだけど、敵味方どうやって区別してるんだろう?」 「頭が違うわ。茶色の頭と黒い頭が戦っているわ。」 「右側の黒頭軍が多いなあ。」 「そうですね。千はいますね。」 「あっ、向こうから茶色頭の援軍がやってきたわ。」 「お〜〜、これで、逆転だ。」 「凄い戦いになりそうですねえ。」 一平は、携帯電話を上着の内ポケットから取り出すと、動画で撮り始めた。 猫だけが、たじろぎもせずに、鋭い目で蟻の戦争を見ていた。
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