突然、サッチーが踊りだした。 右側にいた長い髪の娘が、「演目は、さくらさくらでございます。」と言って踊りだした。左側にいた短い髪の娘が、「チントンシャン、チントンシャン♪」と言いながら踊りだした。 三人は歌いながら踊りだした。
さくら さくら やよいの空は 見わたす限り かすみか雲か 匂いぞ出ずる いざや いざや 見にゆかん ♪
若者は、目を見張った。 「なんで、急に踊りだすの?」邪魔なると思い、若者は近くのベンチに座った。 若者がベンチに腰掛けて見とれていると、背後から幾度も拍手が起きた。 「いよ〜〜、にほんいち〜!」 通行人やホームレスのおじさん達だった。 その歌と踊りが終わると、長い髪の娘が、しなやかにチントンシャンと、みんなの前に出てきた。 「次なる演目は、地歌舞(じうたまい)、鶴の声でございまする。」 サッチーが前に出てきて喋りだした。 「地歌舞は関西の伝統芸能ともいわれ、舞妓(まいこ)さんの舞もこの流れを汲んでいます。舞台ではなく座敷などの空間で舞われるため、動きは自然なものが多く、舞う人と見る人との距離が近いので、いわゆる「気」を感じながら舞を共有することができるのが特徴でございまする。」 大きな拍手が起きた。「よ〜〜、待ってましたぁ〜!」 娘たちは扇子を出して、歌い舞い始めた。
軒の雨 立ち寄るかげは難波津(なにわづ)や 芦ふく宿のしめやかに 語り明かせし可愛いとは 嘘か誠か その言の葉に 鶴の一声幾千代までも 末は互いの友白髪
舞は気ままな風をなだめるように、チントンシャンと静かに終わった。 彼女たちの周りには、五十人ほどの人たちが集まっていた。盛大なる拍手が巻き起きた。 サッチーが頭を下げた。「ありがとうございます!これで終わりです!」 観衆は、鳥が飛び立つように、あっと言う間にどこかに去って行った。 サッチーは若者に近づくと、諭(さと)すように言った。 「自然を大切にすれば、八百万(やおよろず)の神様は、必ずあなたを守ってくれます。」 「どうもありがとう。すごく気が楽になりました。」 「困ったことがあったら、メールを下さい。」 サッチーは、ボールペンとメモ用紙を、西陣織の小物バッグから取り出すと、書いて渡した。 若者の目には、涙が潤んでいた。 サッチーは、上空の怪しい雲を見て、言った。 「地球温暖化で雲も怒っています。気をつけてください。」 「はい。かしこまりました。」 「地球では、三秒間に一人が飢えで亡くなっています。」 「えっ、そうなんですか!?」 「あっ、そうだ。りゅうじ君に連絡しなきゃあ。」 サッチーはピンク色の携帯電話を取り出した。マリモッコリがぶらさがっていた。
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