「いたたた、たたたた〜!」 突然、しゃがれた悲鳴が上がった。 半透明の何者かが現れた。それは、正しく貧乏神だった。 貧乏神を知らない若者以外は、びっくりして声を出した。 < 貧乏神だあ〜〜! > 貧乏神は、駄洒落坊主の前で、同じように尻餅をついて倒れていた。 『おいおい、いきなり動くなよ!』 貧乏神は、目は糸のように細く、髪は疎(まば)らで少なく、痩せ細っていた。黒いマントとゴザと破けた傘を持っていた。 駄洒落坊主は、びくびくしながら貧乏神に謝った。 「ごめんなさい!ごめんなさい!」 みんなは声が出なかった。どうしていいか分からず、唖然としていた。死神だけは、若者の後ろで固まっていた。 姉さんが、死神を見て言った。 「見て、お父さん。死神が脅(おび)えているわ!」 お父さんは、死神を見た。 「ほんとだ。」 みんなも死神を見た。 貧乏神が立ち上がった。 「よっこらしょっと。」 みんなは同時に、< わ〜〜〜っ! >と思わず叫び、一歩後ずさった。 貧乏神には異様な雰囲気があった。身体は痩せてて背も低かったが、近づき難い神の威厳が漂っていた。 テレビで見るような、江戸時代の長屋の浪人が着てるような服を身につけていた。 神様は人間のように生身の身体ではないので、体臭や衣服の匂いなどは、まったく無かった。 お父さんは、 「どうぞ、どうぞ、お座りください。」と丁寧に招(まね)いた。 貧乏神は、『そうかい。随分と親切だねえ。』と言うと、若者とは反対側のソファーに腰を下ろした。 死神は、相変わらず、若者の背後で固まっていた。 お父さんが、駄洒落坊主に「早く、お茶を持ってきなさい!」と言った。 駄洒落坊主は、駄洒落を言うゆとりもなく台所に向かった。 間も無くすると、駄洒落坊主が戻ってきた。その間、誰も喋らなかった。喋ることができなかった。 「ど、どうぞ。」 貧乏神は手を伸ばした。 「おっと、このままでは飲めないな。」 半透明だった貧乏神の身体は、人間と同じように実体になった。 「これでよしと。」 貧乏神は、軽く匂いをかぐと飲み始めた。 「うん、なかなかいい味だ。静岡の茶かな。」 お父さんは、「そうです。そうです。静岡の茶です。」と、慌てて答えた。 「最近のは、少し薬の味がするけど、これは昔と同じ味だなあ。」 「薬は使ってない御茶でございます。」 「そうか、そうか。それはいいことだ。安易に薬を使うと身体が貧乏になる。」 とぼけた様子で貧乏神は、若者の背後に隠れている死神に挨拶した。 「おや、そこに隠れているのは死神君じゃないか?」
貧乏神は 悲しみを数えない 貧乏神は 人生を数えない 貧乏神は 心を数えない
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