「君、背中曲がってる!」 突然、背後から声がした。白い上着の若者は振り向いた。 「わたしのことですか?」 「そういうこと〜〜。」ピンク色のキラキラ光る自転車に乗った若い女性だった。 「曲がってますか?」 「大いに曲がってます!」 「そうですかあ。」 「なおしたほうがいいですよ!」 「あっ、はい。」 女性は、自転車をおりると、若者の背後に回った。そして、背中をポンと叩いた。 「はい。もう大丈夫!」 可愛い顔をした。ロック歌手のような身なりの、一メートル五十センチほどの少女みたいな女性だった。 自転車は、ウィ〜〜ンと唸って、スタンドなしでも不思議と倒れずに立っていた。 「この自転車、不思議ですねえ。」 「あっ、これ。コマが回ってるの。」 「コマ?」 自転車の前籠には、手まりよりも少し大きい金色のボールが乗っかっていた。 「でもやっぱり、死神がついてるなあ!」 「えっ、死神。」 「右手に鎌、棺桶を背中にかついでる。怖いなあ。」 「えっ、ほんと!」 「急がないと死んじゃうよ!急がないと殺されちゃうよ!」 「えっ、どこへ急ぐの?」 「急いで生きないと、死んでしまうよ。」 「どうやったら、いいのかなあ?」 「急いで生きないと、命が無くなっちゃうよ。」 「だから、どうやればいいの?」 「あなたの命だから、あなたしか助けられない。」 「えっ!?」 「だって、あなたの命は、あなたのものでしょう。」 「はい。」 「大変!死神の好きな黒い雲だわ。また出てきたみたい。」 「ほんとだ。」 「死神が手を叩いて喜んでいるわ。まあ、怖い。妖精の好きな風も出てきたみたい。」 「ほんとだ。」 「こういうときには、腐った肉の好きな風の死の妖精がはしゃぎだすの。」 「風の死の妖精?」 「きっと、あなたには見えるわ。風の死の妖精が。」 「…」 「その子は、ぞっとするように肩を撫でてから話しかけるわ。」 「…」 「紫色の服を着た小さな女の子。」
産まれそこないの 風の子 死んだ風の子が ひらひらと揺れながら 命を求めて泳いでる 親風をすがって ひらひらと揺れながら 泣きながら泳いでる それは殺された 昨日の風 それは殺された青い風 さすらってさすらって 風はいろんな歌を唄いながらやってくるの そして ヒューヒューと笑いながら 容赦なく命を殺すの
ギア比の大きい四輪自転車屋台が、鐘をチリンチリン鳴らしながら、おでんを売って人の歩くほどのスピードでやってきた。 おじさんが自転車屋台をこぎながら歌っていた。 「大根、ちくわぶ、薩摩揚げ、がんもどき、こんにゃく、おいしいよ〜〜んとね〜♪お正月の赤餅もあるよ〜〜〜ん♪」
「じゃあね。気をつけて。」 「どうしたらいいんですか?」 「急いで生きなさい!そしたら死神は去って行くわ。」 その不思議な少女のような女性は、ピンク色の自転車に、「けんけん!」と言いながら、片足けんけん女乗りで去って行った。ピンク色のシナモンの香りの風が吹いていた。 「ふふふ。」 空から笑い声が聞こえた。若者は、何気に空を見上げた。風がヒューヒューと笑いながら彷徨っていた。そして、その風が降りてきて頬を撫でた。 若者は両肩に冷たくてぞっとするものを感じ、思わずのけぞった。後ろに殺気を感じた。 振り向くと、紫色の服を着た一メートルほどの少女が立っていた。少女は眉間に目玉を寄せ、口を尖らせて口笛を吹いていた。 ヒュ〜ピュ〜 ヒュ〜ピュ〜 ヒュ〜〜〜ル ピュ〜ピュ〜〜♪ 気がつくと、冷たく感じた風がいなくなっていた。 少女はバック転をしながら、飛んでいる枯葉を右手で叩いた。猫のように着地すると、微笑んで言った。 「一月なのに温かいですにゃあ。」 若者は答えないで、少女を睨んだ。少女には殺気が漂っていた。少女は首を傾げた。 「どうしたんですかにゃあ?」 少女の目は、野獣が獲物を襲う目だった。 「近づくな!」若者は叫んだ。 少女は甲高いしゃがれた声で歌いだした。
いつの間にか 冬は春の嵐になってしまったにゃあ♪ いつの間にか 春は夏の太陽になってしまったにゃあ♪ いつの間にか 夏は灼熱の地獄になってしまったにゃあ♪ とっても楽しいにゃあ♪ 地獄になったら 人がいっぱい死ぬにゃあ 腐って死ぬにゃあ♪
「さあ、いっしょに行きましょうにゃあ。」 少女の手が伸びて、若者の左手をつかんだ。少女の手は冷たく、手の甲には獣のような毛が生えていた。 「ぅわ〜〜〜、気持ち悪い!さわるな!」 若者は少女の手を振り解いた。そして風に向かって走り出した。 少女は猫が走るように、ちょろちょろと四つ足で追ってきた。 「地獄は、そっちじゃないにゃあ〜!」 若者は大声で叫んだ。「死ぬのはいやだ〜〜!」だが、声は出なかった。 「さっきまで死にたがってたにゃあ〜!」 「いやだ〜〜!」声は出なかった。 「どうしただにゃあ〜!」 少女は大きく口を開けて牙を出していた。 「喉を噛み切ってやるにゃあ〜!」 「やめろ〜〜!」声は出なかった。 「おまえは産まれたときから死神に呪われているにゃあ〜!」 少女は左側面から飛びかかってきた。 若者は、とっさに身を屈めた。 少女は、右側に着地すると、身を屈めている若者に飛びかかってきた。 若者は前向きに倒れこんだ。少女の爪が、若者の右肩に食い込んだ。若者は叫んだ。 「助けて〜〜!」声は出なかった。 「おまえは腐ってる。死んだほうがいい。旨そうな肉だにゃあ。」 「いやだ〜〜!」声は出なかった。 少女は紫色の舌を出して若者の頭に鼻を押しつけた。 「人間の肉は、腐ったキャベツに巻いて食べると、ほっぺたが落ちるほど旨いにゃあ。」 「南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏!」若者は無意識に、お経を唱えていた。必死に起き上がろうとした。でも身体は動かなかった。 「それじゃあ、遠慮なくいただきますにゃあ!」 「ずかちゃ〜〜ん、助けてぇ〜〜!」
未来がやってきて 僕をボコボコにして殺すんだ もういやだ だれか助けてくれ! 心が今にも止まりそうなんだ 消えてなくなりそうなんだ それでも 僕は生きなければいけないのか 幸せは ここにあるのか この世界のどこかに
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