左側の壁から温風が吹いてきた。壁には網が張ってあった。 「全身ドライヤーだ!」 若者は、髪と身体を乾かした。 衣服を置く籠のなかに、浴衣とパジャマが入っていた。紙がのせてあり、 【 どちらか好きなほうを選んで着てください 】 と書いてあった。若者は、パジャマを選んだ。 廊下に出ると、廊下の最先端に赤鬼が目を大きく見開き、胡坐(あぐら)をかいて座り込んでいた。 若者は、赤鬼に手を上げて礼を言った。 「ありがとう!」 赤鬼は、右手を上げ役者のように見得を切った。 「どういたしまして〜〜!」 若者が下に降りて来ると、赤鬼も降りてきた。 けんけん姉さんと、発明家のお父さんは、ソファーに座りテレビのニュースを見ていた。 若者に気付いた発明家のお父さんが顔を向けた。 「どうでしたかな?」 「いや〜、良かったです!びっくりしました。」 「それは良かった。」 「亡霊のクジラが出てました。」 「最近、なぜかよく出るんですよ。」 「あれを見てると、わたし自身が、井の中の蛙(かわず)に見えてきました。」 けんけん姉さんがテレビを見ながら、「井の中の蛙、大海を知らず。ですか?」と言った。 妖怪駄洒落坊主が、小さな声で、「大海の鯨、井の中を知らず。」と呟(つぶや)いた。 駄洒落坊主は、向かい側のソファーで、うまそうに濁(にご)り酒を飲んでいた。 姉さんが、駄洒落坊主に言った。 「あんまり飲むと、脳みそが萎縮して、アルツハイマーになるってテレビで言ってたわよ。」 駄洒落坊主は、目の玉が寄っていた。 「それを、アル中ハイマーと申します。」 赤鬼は、駄洒落坊主の横に座った。ソファーに綿棒があったので、耳掃除を始めた。駄洒落坊主が呟(つぶや)いた。 「綿棒暇なし。」 青鬼は、裏口の近くのソファーに座り、突起のある金棒(かなぼう)を磨いていた。 それを見ていた駄洒落坊主が呟(つぶや)いた。 「突起は、とっきどき磨きましょう。」 若者は青鬼を見るのは初めてだった。青鬼は、若者の視線に気が付いた。 「これはこれは、お初ですね。わたしは。裏門を護っている青鬼です。」頭を下げた。 若者も頭を下げて挨拶した。 「高坂です。よろしくおねがいします!」 テレビでは、爆弾低気圧のニュースが流れていた。 「爆弾低気圧って何ですか。」 「急激に発達した温帯低気圧のことです。突風や竜巻が起きるんですよ。」 「そうなんですか。」 若者は、けんけん姉さんに、カードと二千円を差し出した。 「ありがとうございました。これ入浴料と洗濯代です。」 「いいのよ、そんなの。まだ営業してないんだから。」 「取ってください。おねがいします。」 「しょうがないなあ…、じゃあ、千円でいいですよ。」 姉さんは、千円を若者のパジャマの胸のポケットに入れた。 「えっ、いいんですか。」 「いいんですよ。」 発明家のお父さんが、窓の外を指差した。 「ほら、龍神だ!」 雲の間を角を生やした大きな緑色の龍が飛んでいた。背に鱗(うろこ)があり、夕陽に反射して七色に光っていた。 若者は、びっくりした。 「わぁ〜〜、本物の龍だ。産まれて初めて見た。凄いなあ〜!」
竜神よ 幼き魂を守りたまえ 産まれ悩む 若き心を天に導きたまえ
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