前面いっぱいにガラス窓があり、天井に向かってカーブを描きながら三分の一くらいのところまで窓ガラスになっていた。 窓の外には、松原と海岸が3キロほど延びていていた。雨が窓ガラスを楽しく激しく叩き、子供のようにはしゃいでいた。 「雨って、元気で楽しいなあ。」 浴室には、今までに感じたことのない感触のタイルが敷き詰められてあり、右の壁際に円形のバスタブが埋められてあった。 「このタイル、滑らないなあ。不思議だなあ。」 バスタブは、膝くらいの高さになっていて、緑色の湯が溜まっていた。森林の香りが漂っていた。 「うわ〜〜、いい匂いだなあ。」 今までに感じたことのない、森の香りだった。 「北欧の森って、こういう匂いなのかなあ…」 若者は、右手を入れてみた。ちょうどいい温度だった。右足を入れ静かに入った。胸くらいの深さだった。 用心深く座った。脚を伸ばすと、三十センチほど余った。 「スペースも、なかなかいいねえ。」 陽が沈もうとしていた。右側の壁に時計が二つあり。窓際の時計は、四時四十五分を指していた。 その隣の時計は、短針は無く、長針が2分のところを指していた。 「これは、経過時間だな…」
バスタブの右の壁には、温度調整のボタンがあった。なぜか、手持ちのシャワーが駆けてあった。 その隣のボタンには、【身体をクルクルボコボコ洗う】と記されていた。壁に説明書きがあった。
【身体をクルクルボコボコ洗う】ボタン 有機栽培されたヤシ油で作ったベースにホホバ油を絶妙にブレンドしたシンプルな石鹸液です これを押すと石鹸湯になります お湯がクルクル回り 泡がボコボコと身体を洗います 石鹸液が薄いときには再度押してください 3度まで押せます
左側の壁には、全面に鏡が張ってあった。鏡には、死神が透き通って見えていた。 「そうか。死神は鏡に映るんだ…」 死神は、あくびをしながら棺桶を布で拭(ふ)いていた。 若者の視線に気付いた死神が、あくびをしながら手を振った。 「まったく、いまいましいやつだなあ。」 窓の外の海原で、大きな鯨の亡霊が潮を吹いていた。 「わぁ〜〜、くじらの亡霊だ!」 近くの松の木によじ登って、カッパが楽しそうに大雨を飲んでいた。 「さっき見た、カッパだ。」
カッパはいったい ここで何をしてるんだろう クジラはいったい ここで何をしてるんだろう ぼくはいったい ここで何をしてるんだろう そんなことは だれも教えてくれない だれにも分からない
若者は、しばらく亡霊の鯨とカッパを眺めていた。 ふと時計を見たら、5時になっていた。 「そうだ、身体を洗おう!」 若者は、【身体をクルクルボコボコ洗う】ボタンを押した。 浴槽底面数ヶ所から空気の泡がボコボコと身体を包み込むように出てきた。 浴槽は、あっと言う間に泡だらけになった。お湯が、ゆっくりと時計回りにクルクル回りだした。 「うわ〜〜。なんだこりゃあ!?」 心地よい流れと泡だった。背中をボコボコの泡が洗っていた。音声が流れた。 『シャンプーを、お使いの場合には、シャンプーを選んで使ってください。』 「これだな。」 バスタブの脇の台に、透明のボトルが2つあった。普通のシャンプーと、リンス入りシャンプーだった。 若者は、普通のシャンプーを選んだ。時間がないので、若者は手早く洗った。 『洗い終わったら、シャワーで、すすいでください。』 若者は、バスタブの湯で顔を洗った後、手持ちシャワーを手に取った。 お湯が勝手に出てきた。強く握ると強く出てきた。 「これは、便利でいいや。」若者は、念入りにすすいだ。 『排湯しま〜す。』 あっと言う間に、お湯が無くなった。 『シャワーで、身体の泡を洗い流してください。』 若者は、手早く洗い流した。 『終わったら、再給湯ボタンを押してください。』 「これだな。」ボタンを押した。 新しい感じの、ぴちぴちした湯がバスタブの周りの穴から出てきた。二十秒ほででいっぱいになった。 ひょいひょいと流れ出る湯は、しっとりと肌にまとわりつくような感じだった。 「乳液でも入っているのかなあ…」 『肌の乾燥を防ぐ、毬藻エキスが入っています。』 「まりもエキス…、ふ〜〜ん?」 気持ちがいいので、しばらく窓の外の不思議な景色を眺めながら、湯に浸かっていた。もう、カッパはいなくなっていた。 『時間です、延長の場合には延長ボタンを押してください。』 「出ようかな。」 引き戸を開け、浴室から出た。 「ぅわ〜〜〜!」
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