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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第23回   望郷
「鬼だぁ〜〜〜!」
若者は、血相を変えて下へ降りて行った。
「おに、おに、鬼が出た〜〜!」
姉さんは、きょとんとした顔をしていた。
「鬼?」
「おにです、鬼。赤い鬼!金色のハタキみたいなのを持ってました!」
「あ〜〜、あれはね。うちで雇ってる鬼なの。」
「えっ?」
「邪気払いハタキで、各部屋の悪い邪悪な邪気を払ってもらっているの。」
「邪気…」
「邪気は邪気を呼び込んで、放っておくとチェーンのように繋がって、取れにくくなっちゃうの。」
「邪気って何ですか?」
「邪気は、不愉快な感情や、病気を招き込むの。」
「そうなんですか。」
妖怪駄洒落坊主が、横から口を挟んだ。
「それをカンフー映画で、ジャキ・チェーンと言います。」
姉さんは、駄洒落坊主を睨みつけた。
「あんた、隅にいなさいよ!」
「隅に置けないやつ!ってことで、隅ですみません。」
「さっきと同じこと言ってる。」
「普通の人には見えないんだけども、あなたには見えるんだったわね。忘れていたわ。」
赤鬼が、二階から降りてきた。若者はびっくりした。
「わ〜〜、本物の鬼だ!」
赤尾には、少し笑って会釈した。
「脅かして、ごめんなさい。」
赤鬼は、大きかった。
「大きいなあ〜〜!」
「一メートル九十センチあります。」
若者は、目を丸くしていた。姉さんは、なぜか微笑んでいた。
「気は優しくて、力持ちなんですよ。」
「姉さんは、若い頃の山崎ハコに似てますねえ。」
「ずいぶんと古い歌手知ってるのね。」
「わたしの母が好きだったもので。」
「そうなの。」
「姉さんこそ、どうして?」
「父が好きな歌手なの。」
「へ〜〜〜ぇ。そうなんですか!?」
発明家の、けんけん姉さんのおとうさんが、望郷の目で言葉を挟んだ。
「それは奇遇だなあ。いいねえ、山崎ハコは。」
姉さんが、カラオケのマイクを手に持った。お父さんが、カラオケのスイッチを入れた。
「じゃあ一曲。山崎ハコの、ANOU(あのう)〜〜を!」
赤鬼が両足を開き右手をかざし、大きく見得(みえ)を切った。「あの〜う!」
きょん姉さんは歌いだした。駄洒落坊主と赤鬼が、バックで追いかけハモった。

 あの〜 ♪ < あの〜 ♪ >

 僕は要りませんか〜〜 ♪ 君を好きなんだけど〜〜 ♪

 あの〜 ♪ < あの〜 ♪ >

 僕は要りませんか〜〜♪ 夜が好きなんだけど〜 ♪

 あの〜 ♪ < あの〜 ♪ > 履歴書なしで〜〜 おっお〜〜〜ぅ ♪

 < おっお〜〜〜ぅ ♪ >

 深夜のコンビニ〜 ♪ おっお〜〜〜ぅ ♪

 < おっお〜〜〜ぅ ♪ >

曲の終わりに、駄洒落坊主がぼそぼそっと歌った。
「深夜の昆布煮〜〜。おっお〜〜〜ぅ。」

「娘は、山崎ハコって言うと、ANOUという曲を直ぐに歌いだすんだよ。」
「そうなんですか。でも、上手いですねえ。そっくり!」
けんけん姉さんと妖怪たちの歌は、あっという間に終わった。
「娘は、せっかちだから、テンポの速い曲しか歌わないんだよ。」
「じゃあ、お父さん、一曲!」
「それじゃあ、望郷を。お京、ギターを取ってくれ。」
「お父さんは、カラオケは駄目なのよね。」
「わしゃあ、カラオケはどうもね。」
「はい、ギター。」
けんけん姉さんのお父さんは、静かにフォークギターを弾きながら歌いだした。
「あっ、それ、母が好きな曲です!」
みんなが拍手をした。駄洒落坊主も赤鬼も拍手をした。

 青い空 白い雲 菜の花の小道を 駆けまわり蝶々とり遊んだふるさと〜〜〜 ♪

部屋の片隅で、若い特攻隊の亡霊が、直立不動の姿勢で敬礼をしていた。深くかぶった帽子で涙を隠していた。
外では、蟻達が大雨に流されまいと、必死に命をかけて松の木にしがみついていた。



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