「鬼だぁ〜〜〜!」 若者は、血相を変えて下へ降りて行った。 「おに、おに、鬼が出た〜〜!」 姉さんは、きょとんとした顔をしていた。 「鬼?」 「おにです、鬼。赤い鬼!金色のハタキみたいなのを持ってました!」 「あ〜〜、あれはね。うちで雇ってる鬼なの。」 「えっ?」 「邪気払いハタキで、各部屋の悪い邪悪な邪気を払ってもらっているの。」 「邪気…」 「邪気は邪気を呼び込んで、放っておくとチェーンのように繋がって、取れにくくなっちゃうの。」 「邪気って何ですか?」 「邪気は、不愉快な感情や、病気を招き込むの。」 「そうなんですか。」 妖怪駄洒落坊主が、横から口を挟んだ。 「それをカンフー映画で、ジャキ・チェーンと言います。」 姉さんは、駄洒落坊主を睨みつけた。 「あんた、隅にいなさいよ!」 「隅に置けないやつ!ってことで、隅ですみません。」 「さっきと同じこと言ってる。」 「普通の人には見えないんだけども、あなたには見えるんだったわね。忘れていたわ。」 赤鬼が、二階から降りてきた。若者はびっくりした。 「わ〜〜、本物の鬼だ!」 赤尾には、少し笑って会釈した。 「脅かして、ごめんなさい。」 赤鬼は、大きかった。 「大きいなあ〜〜!」 「一メートル九十センチあります。」 若者は、目を丸くしていた。姉さんは、なぜか微笑んでいた。 「気は優しくて、力持ちなんですよ。」 「姉さんは、若い頃の山崎ハコに似てますねえ。」 「ずいぶんと古い歌手知ってるのね。」 「わたしの母が好きだったもので。」 「そうなの。」 「姉さんこそ、どうして?」 「父が好きな歌手なの。」 「へ〜〜〜ぇ。そうなんですか!?」 発明家の、けんけん姉さんのおとうさんが、望郷の目で言葉を挟んだ。 「それは奇遇だなあ。いいねえ、山崎ハコは。」 姉さんが、カラオケのマイクを手に持った。お父さんが、カラオケのスイッチを入れた。 「じゃあ一曲。山崎ハコの、ANOU(あのう)〜〜を!」 赤鬼が両足を開き右手をかざし、大きく見得(みえ)を切った。「あの〜う!」 きょん姉さんは歌いだした。駄洒落坊主と赤鬼が、バックで追いかけハモった。
あの〜 ♪ < あの〜 ♪ >
僕は要りませんか〜〜 ♪ 君を好きなんだけど〜〜 ♪
あの〜 ♪ < あの〜 ♪ >
僕は要りませんか〜〜♪ 夜が好きなんだけど〜 ♪
あの〜 ♪ < あの〜 ♪ > 履歴書なしで〜〜 おっお〜〜〜ぅ ♪
< おっお〜〜〜ぅ ♪ >
深夜のコンビニ〜 ♪ おっお〜〜〜ぅ ♪
< おっお〜〜〜ぅ ♪ >
曲の終わりに、駄洒落坊主がぼそぼそっと歌った。 「深夜の昆布煮〜〜。おっお〜〜〜ぅ。」
「娘は、山崎ハコって言うと、ANOUという曲を直ぐに歌いだすんだよ。」 「そうなんですか。でも、上手いですねえ。そっくり!」 けんけん姉さんと妖怪たちの歌は、あっという間に終わった。 「娘は、せっかちだから、テンポの速い曲しか歌わないんだよ。」 「じゃあ、お父さん、一曲!」 「それじゃあ、望郷を。お京、ギターを取ってくれ。」 「お父さんは、カラオケは駄目なのよね。」 「わしゃあ、カラオケはどうもね。」 「はい、ギター。」 けんけん姉さんのお父さんは、静かにフォークギターを弾きながら歌いだした。 「あっ、それ、母が好きな曲です!」 みんなが拍手をした。駄洒落坊主も赤鬼も拍手をした。
青い空 白い雲 菜の花の小道を 駆けまわり蝶々とり遊んだふるさと〜〜〜 ♪
部屋の片隅で、若い特攻隊の亡霊が、直立不動の姿勢で敬礼をしていた。深くかぶった帽子で涙を隠していた。 外では、蟻達が大雨に流されまいと、必死に命をかけて松の木にしがみついていた。
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