「おまえたち、何をしとるんだ?」それは、猫の化け物の声ではなかった。 猫の化け物は、「出た〜〜〜〜ぁ!」と叫び、あっという間にどこかに逃げて行った。 若者は後ろを振り向いた。 「天邪鬼(あまのじゃく)だ!」 「何をしとるんだ?」天邪鬼(あまのじゃく)は目玉を寄せ、不思議そうに問うた。 若者は、侍の言葉を思い出していた。近づいたら、おぬしも天邪鬼になるぞ。 「あっちに行け!」 「や〜だよ。一緒に遊ぼうよ。」 若者は、妖怪温泉に向かって走り出した。後ろを振り向くと、天邪鬼が面白そうに追いかけてきた。 「どこに行くのじゃい。」 「わ〜〜、助けて〜!」 「助けてあげな〜い。」 赤い門があり、【妖怪温泉青鬼門】と書いてあった。 「あっ、ここだ!」 若者は門の前で曲がろうとしたが、足を滑らせ転んでしまった。 天邪鬼は意外と早かった。門の前まで来ると、両足を広げ、両手を広げて行く手を阻(はば)んだ。 「とうせんぼ!」 「あっちに行け!」 「こっちに来たよ!」 突然、門の奥の透明ガラス張りのドアが開き、誰かが傘を差して駆けながら出てきた。 見覚えがあった。森の公園で助けてくれた、けんけんけんの姉さんだった。 「あっ、けんけんけんの姉さんだ!」 けんけん姉さんは、天邪鬼の近くまで駆け寄って来ると、天邪鬼の肩を後ろから軽く叩いた。 天邪鬼が振り向くと、姉さんは首をかしげ、にこっと笑った。 「ねえねえ、一緒に遊ぼうよ!」 すると、天邪鬼は急に不機嫌な顔になり、「や〜だよ!」と言って、海岸の方に去って行った。 「あれっ?行っちゃった!」 「反対のことを言えばいいのよ。」 「あっ、なるほど…そういうことか!」 「びしょぬれじゃない。着替えないと風邪を引くわよ。いらっしゃい。ついてらっしゃい。」 若者は黙って彼女について行った。 ドアの右横には、三メートルほどの青鬼が立っていた。 「これは、裏門の守り神なの。表門には、赤鬼が立ってるの。」 若者は、青鬼をコンコンと叩いた。 「プラスチックよ。」 中に入ると温かかった。一畳ほどのスペースの先は少しの段差があって、綺麗な板張りの広い部屋になっていた。 「そこで靴を脱いでください。」 「はい。」 若者は、靴下が濡れていたので、「靴下も脱ぎます。」と言って上がって行った。 「あれ。この床、温かいですね。」 「お湯が流れてるの。」 「へ〜〜〜ぇ。」 大きなテレビがあって、その前の長いソファーに白髪の男の人が座っていた。 その隣に、坊主頭の妖怪が座っていた。 「わたしの父です。発明家なの。となりの妖怪は、だじゃれ妖怪の駄洒落坊主。毒にも薬にもならない妖怪よ。」 妖怪は振り向いた。「そうりゃあないよ、姉さん。」顔は丸く、目玉は寄っていて、鼻はぺちゃんこで、口は尖っていた。 白髪の発明家は振り向いた。 「誰なの?」 「お父さん。この人、天邪鬼(あものじゃく)に追われてたの。」 「そうなの。それは大変だったね。」 「はじめまして。」若者は、ペコリと頭を下げた。姉さんは尋ね返した。 「仕事終わったの?」 「ペンキを塗るつもりだったけど、雨が降ってきたから止めたよ。」 「そうなの。」 だじゃれ妖怪の駄洒落坊主が、横から口を挟んだ。 「今日は、ぺんきが悪い。」 若者は、面白がった。 「なるほど、なるほど。ははは、それは面白い!」 「駄目よ。調子に乗るから。」 駄洒落坊主は、白い尾っぽを見せながら、 「尾も白い!」と口を尖らせながら言った。 「ほ〜らね。」 姉さんは、駄洒落坊主を睨みつけた。 「あんた、隅にいなさいよ!」 「隅に置けないやつ!ってことで、隅ですみません。」 「ははは、面白い!」 「こいつバカなのよ。」 「バカも休み休み、イエ〜〜イ!」 「行こう、行こう!二階に浴室があるから案内するわ。」 若者は、彼女の言われるがままについて行った。 「お父さんにも、妖怪は見えるんですか?」 「見えるわよ。」 同じような扉が三つあった。いちばん手前の扉の前で止まった。 「ここよ。中にコインランドリーがあります。」 「なんだか凄いところですね。」 「みかけだけよ。中に入ったら、松・竹・梅・エメラルドの伝説・ゆずの里のスイッチがあるから、どれかを選んでください。」 「松・竹・梅・エメラルドの伝説・ゆずの里…」 「香りとか効能とかが違うの。壁に大まかな説明が書いてあるから、それを読んでください。」 「浴場は大きいんですか?」 「各浴室ひとり風呂よ。大きな窓があって、松原や富士山が見えるの。」 「へ〜〜〜。」 「あっ、そうだ。このカードを差し込んでね。」 姉さんは、胸のポケットからカードを取り出して、手渡した。 「用があったらインターホンがあるから。じゃあね。」 彼女は下って行った。 若者は、扉を開け入って行った。 「わぁ〜〜〜〜〜!」
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