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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第2回   獅子舞
<森>と呼ばれてる大きな公園の真ん中には広場はあった。
獅子舞が首を振りながら、笛と小太鼓に合わせて踊っていた。それを百人ほどの観客が見ていた。
ピーヒョロ♪ ピーヒョロ♪ ピーヒョロ♪

牛の角に蜂が刺しても痛くもかやくもなんともないとなー♪
しーしーしーのしゃらんこらん  しーしゃらんの  しーしーしー♪

獅子の後ろでは、子供たちが獅子の歌を唄っていた。観客は甘茶をもらい、お礼に獅子の口にお年玉をいれていた。
「新春のトロピカルジュースはいかがですか?」ドレス風の着物を着た女性が、彼の目の前に現れた。
赤い帽子をかぶり、帽子にはソフトドリンクの会社<駒コーラ>のロゴが入っていた。
「トロピカルジュース?」
「ええ、新春のスペシャル・リフレッシュドリンクです。生まれ変わりますよ。」
「生まれ変わる…、いくらなの?」
「二百円です。」
「二百円…、じゃあ一本。」
自殺志願の若者は、笑顔で注文した。それは、今年初めての笑顔だった。
生まれ変わる。という言葉に導かれた笑顔だったのだろうか。とにかく、今年初めての笑顔だった。

 人は変わる 時計のように くるくる回って変わる
  変わったら一息して そこで少し休む そしてまた回る
   死ぬまで回る 機械仕掛けの時計のように くるくるくるくる

「二百円で生まれ変われるなら、安いもんだ。」

若者は缶を開け、唇にあてて目の前の風を見てから、一口飲んだ。
風が若者の髪を撫で、内緒話をするようにささやいた。

   昨日のおまえは もういない どこを探してもどこにもいない
    あの頃のおまえは 風になって飛んで行った あの頃のおまえはもういない

「おかしいなあ、さっきまで凄い風が吹いていたのに…」
少し生まれ変わったような気がしたので、ぐぐっと二口目をさっきより多めに飲んだ。
「生まれ変わったのかなあ…」
若者は、いくぶん生まれ変わったような気がしてきた。飲みかけの缶を強く握り、歩き出した。

 生まれ変わったら 風がやってきて わたしを殺す
  わたしを殺しにやってくる くるくるくるくる地球上を回りながら
 何十億年も前から 人々を殺すために くるくるくるくる
 血眼(ちまなこ)になって歩いた昔
  どこに行ったのだろう もう人々はいない
   悲しいほどに歩いた昔 もう人々は涙を流しては歩かない
 風に逆らってまでは歩かない
   風は人を殺すから もう歩かない 風が怖いから歩かない

歩いていると、小さな女の子がやってきて問うた。
「お兄ちゃん、泣いてるの?」
若者は、なぜか涙を流していた。
「泣いてる?」
女の子は悲しそうに答えた。
「うん。」
若者は、頬に落ちる涙を感じ、手の甲でぬぐった。
「ほんとだ。」
女の子は心配そうに見ていた。母親がやってきた。
「なにやってるの。」手を引いて去って行った。

人々から離れたところでは、ホームレスのおじさん達が三人、酒盛りをしていた。
「凡人には天才は見えるけれど、バカには天才が見えない。」
「なるほど。」
「バカには、天才は狂人にしか見えない。」
「なるほど、なるほど。」
「おっ、あの兄ちゃんだ!」
自殺志願の若者は立ち止まった。
「あっ、さっきのおじさん。」
「自殺なんか止めろよ。まだ若いんだから。」
「はい。さっきはごめんなさい。」若者は笑って答えた。
「おっ、さっきとずいぶん雰囲気が違うね。」
「自殺は、もうやめました。」
「偉い!」
もう一人のホームレスのおじさんが、ワンカップの日本酒を差し出した。
「若いの。一杯飲んで行きな。」
「酒、駄目なんです。頭痛くなってくるんですよ。」
「そうなの。」
三人目のおじさんは、近くのベンチに座りキャンバスを睨んでいた。
「あのおじさん、なにやってるんですか?」
「あれか。あの人は待ってるんだよ。」
「待ってる…何を待ってるんですか?」
「よく分かんねえ。偉い人だから。」
「偉い人なんですか?」
「ああ。なんでも有名芸術大学の絵の先生だったらしいけど。」
「そうなんですか。」
「直接聞いてみな。」
若者は、そのおじさんに近づき聞いてみた。
「すみません。ちょっと尋ねてもいいですか?」
「うん…ああいいよ。」
「何を待ってるんですか?」
「待ってるんだよ…」
「何を?」
「それが分からないから、それを待ってるんだよ…」
「はあ?」
「風が止んだね。」
「そうですね。」
「今日は駄目かな。」
ベンチには油絵らしい八号の絵が置いてあった。
「上手いですねえ。」
「そう、どうもありがとう。」
「世の中、自分勝手な下品な連中ばっかりだからなあ。死にたい気持ち分かるよ。」
「……」
「でも、そういう奴に負けちゃあ駄目だ。意地悪して長生きしてやるんだよ。」
「意地悪して…」
「みんな死ぬんだからさ。深刻に考えないことだよ。」
横で聞いていた最初に出会ったおじさんが、横から口を出した。
「この人も、自殺しようとしたらしいよ。若い頃。」
「若いときは、真面目なやつほど完璧を求めるからな。だが、完璧なんてものはどこにもない。」
「……」
「百パーセントで生きようとするから苦しいんだよ。神様じゃないんだからさ。」
「…そうですね。」
「七十パーぐらいで生きなよ。」
野次馬の二人のおじさん達は、
「俺なんか、五十パーだな。」「俺なんか、十パー!」と言い合った。
顔を見合って大きな声で笑い出した。
「むかしは良かったよ。こういうはなしを仲間が聞いてくれる時代だったね。でも今は、会話できない時代になってしまったねえ。人間には血の通った会話が必要だよ。」
「会話ですか…」
「あんた、あんまし会話しないだろう。」
「そういえば、そうかも。」
「会話しなよ。下らないようなことでも、何かがあるもんだよ。」
「そうかもね。」
「直接、会話をしないと、人も世の中も見えてこないよ。」
「そうだね。いいこというねえ。さすが先生!」
「酔っ払いは黙ってろ!」
「はは〜〜〜!」
「あんまし友達がいないんですよ。親とかは、まったく駄目だし。」
「探せよ。積極的に。そこから出発だよ。」
「はい。」
「探せば、沢山いるよ。そうしないと駄目だよ。」
「そうですか。」
「年取ったら、探せなくなっちゃうよ。頭コチコチになってるから、だ〜め!若いうちに苦しんでおかないと手遅れ!」
「苦しむのがいやなんですよ。」
「それじゃあ駄目だよ。会話して悩んで苦しまなきゃあ。情(なさけ)が育たないよ。」
「なさけですか?」
「そうだよ。情(なさけ)だよ。大切なのは情(なさけ)!情けないのなさけ!」
「情けない、なるほどぉ。そうか、そういう意味だったのか。』
「さすが先生!言うことが違う!」
「酔っ払いは黙ってろよ!」
「勉強になりました。やってみます。苦しんで。」
「苦しみな。そしたら本当の喜びも産まれる。苦あれば楽あるって言うだろう。」
「はい。」
 「生きるってのは、不愉快なことなんだよ。屁もするし。不愉快も慣れると快楽になるんだな。」
「ま〜〜た、酔っ払いは余計なことを言うなってえの!」
 「余計者を避(よ)け〜よ!な〜んちゃって!」
 「人間は一人では生きて行けな〜〜い!」
「おまえら、うるさいよぉ〜!」
酔っ払い二人組みのおじさん達は歌いだした。
 ひとはみな〜 ひとりでは〜 生きて行けないものだから〜 ♪
  かなしみに出会うたび〜 あのひとを〜 思い出す〜 ♪
彼らの近くで、数人の別のホームレスが焚き火をしていた。パトカーが来て止まった。
「ここで焚き火をしちゃあ駄目だよ。みんなの迷惑にもなるし、消しなさい。」
黄色い服を着た、<大気おせんべい>と呼ばれてるホームレス支援隊が、とぼとぼと三人やってきた。
「あんたらこそ、ガソリンを燃やして地球に迷惑をかけてるじゃないか!」
「いったい、なにを言ってるんだ。君たちは?」
「環境破壊者は帰れ〜!」
二十人ほどのホームレス達が集まってきて、わいわいと競うように騒ぎ出した。
 かえれぇ! かえれぇ! かえれぇ! かえれぇ! かえれぇ!
それから、歌を唄いだした。

 いっしょうけんめい べんきょして〜 ちきゅうのくうきをよごしましょ ♪
 いっしょうけんめい しごとして〜 ちきゅうのくうきをよごしましょ ♪




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