森の公園に大きな建物があった。 「スミレちゃん、あれは何の建物なの?」 「あれは、ホームレスの人達の銭湯よ。」 「あれか〜〜。無料なの?」「無料じゃないわ、三百円よ。」 「お金のない人は駄目なんだね。」 「大丈夫よ、みんな助け合ってるから。自転車も売ってるし。」 「えっ、自転車を売ってるの?」 「そうなの、町で回収した放置自転車を譲ってもらって、みんなで修理して売ってるの。」 「みんな器用だからね。いいアイデアだね。」 「いいアイデアですね。」 「パンクの修理もやってくれるわ。」「そりゃあ、いいや。」 「ホームレスの人たちは自由だけど、とっても苦しんでるわ。」 「その自由に苦しんでるんだ?」「そうなの。」「人は皆、自由の刑に処せられている、だね。」「そうですね。」 「でも、人間は他人の不幸には鈍感だね。」 「動物は、みんな同じだわ。そうじゃないと生きていけないわ。」 「人は他人の不幸を平気で見ていられるほどに強い、だね。」 「うん?」 「龍次さんが教えてくれた、三島由紀夫の言葉だよ。」 「その言葉、あたっているわ。」 老荘思想の絵描きのホームレスのおじさんが、手を振っていた。「スミレちゃ==ん、どこに行ったんだい?」「買い物よ。」 「平成町かい?」「そうよ。」 「あのおじさん、元は大学の絵の先生なんだろう?」 「そうよ、あのおじさんは、絵を売って生きてるの。」 「特技は身を助けるってやつだね。」 「ここにいれば、色んなものが見えるって言ってたわ。」 「やっぱり、芸術家は言うことが違うなあ〜〜。」 「何が見えているのかしら?」 「きっと、今まで見えなかったものが見えているんだよ。」 「ふ〜〜〜ん。」 「多分ね。」「人間って複雑な生き物なのね。」 漁師の寅次郎が、赤いママチャリに乗ってやって来た。 「寅さ〜〜ん、その自転車、どうしたの?」 寅次郎は止まった。 「かったるいんで、買ったんだよ。らくちんらくちん!」「ここで買ったの?」 「三千円でいいって言うから、買ったんだよ。」 「良かったわね〜〜。」「ああ、助かったよ。これで十分だよ。走ればいいんだよ、籠もついてるしな。」 「どうなったの、船のことは?」 「作ってあげるって、言ってたよ。代金はクレジットでいいとも言ってたよ。助かったよ。」 「良かったですねえ。」 「急ぐんで、じゃあな!」 寅次郎は去って行った。スミレちゃんは「ばいば〜〜い!」と言って手を振った。 公園のサッカー場では、直径二メートルの軽いボールを蹴り合う戦国サッカーをやっていた。手を使ってもよいサッカーだった。 「面白そうだわ〜〜。」「スミレちゃんじゃあ、背が低いから無理だよ。」「そうかしら?」「無理、無理。」 カラスに乗った妖精が、スミレちゃんに手を振っていた。 「スミレちゃ〜〜〜ん!」 「あっ、空の妖精、青ちゃんだ。」 一平も空を見上げた。「空の妖精、青ちゃん?」 「どこに行くの〜〜〜!?」 「あっちだよ〜〜!」 行ってしまった。「あっちって、どっちかしら?」 そんなことは、どっちでも良かった。
大切なのは、今ここにいること、そしてここにいたこと 話をしたこと 心と心が触れ合ったこと 目と目が合ったこと
「妖精は、敵味方を確かめるために挨拶するの。」 「そうなんだ…」 「ハンプティ・ダンプティが、椎の木の上でバナナを食べていた。 「やあ、スミレちゃん!」 「卵のおじさん、まだいたの?」スミレ号は止まった。 「卵のおじさんとは失礼だなあ、おいらの名前はハンプティ・ダンプティ。」 「あら、ごめんなさい。」 「そんなことはどうでもいい。鏡の国に帰る前に、おまえさんに逢えてよかったよ。」 「早く帰らないと、夜になるわよ。」 「そんなこと分かってるよ。」 「今まで何をしてたの?」 「椎の木の妖精と世間話をしてたんだよ。」 「楽しかった?」「ああ、この世界のことが聞けて、とても面白かったよ。」 「じゃあ、まや逢いましょう。また来てね。」「ああ、また来るよ。」 「ばいば〜〜い!」「バイバ〜〜イ!」 一平は、ペダルを踏み込んだ。ハンプティ・ダンプティは歌い出した。
用心深く生きないと 自分が自分を殺しにやって来る こりゃ大変だ〜 そりゃ大変だ〜 どうすりゃいいんだ〜 どうすりゃいいのさ〜 このわたし 一目散に逃げたって そりゃあ無理ってことですよ だってだってだって 方向音痴なんだもん! ここはどこの細道じゃあ〜?
|
|