前方から、やつれた感じの、今にも死にそうな顔の中年の男がやってきた。立ち止まった。 「すみません。」 一平は、自転車を止めると、親切に答えた。 「何でしょうか?」 「添付ファイルの送り方、御存知ありませんか?」 「はっ?」 「いや、何でもありません。失礼しました。」 男は、お地蔵さんの方に去って行った。一平は、首を傾げた。 「何だ、今の人?」 スミレちゃんは、まだ去って行く男を見ていた。 「変な人だわ?」 「君子危うきに近寄らず。行こう!」 「くんしあやうきに近寄らず?」 「中国の孔子という人の言葉で、利口な人間は、危険には近づかないっていうことだよ。」 「ふ〜〜〜ん。今の人、危険なの?」 「分からない。分からないものは、一番危険だよ。」 「そうですね。」 「今の世の中は危険だらけ。将棋のように考えて行動しないと、怪我をするよ。」 「おうて!」 「何、いきなり!?」 「将棋で、おうて!って言うじゃない。」 「スミレちゃん、将棋できるの?」 「できないけど、お父さんと、だじゃ丸くんが、よくやってるわ。おうて、おうてって言ってるわ。」 「ああ、そう。」 「おうてって、何なの?」 「次に、王様を取るぞってことだよ。」 「とる前に言うの?」 「そうだよ。」 「黙って、こそっと取ればいいじゃない。」 「そういう卑怯なことはいけないの。」 「ひきょうなこと?」 「将棋は、ただの勝ち負けのゲームじゃないんだよ。」 「何のゲームなの?」 「相手の心を読むゲームなんだよ。だから、礼儀が必要なの。」 「ふ〜〜〜ん。でも、戦争のゲームなんでしょう?」 「そうだよ。でも、日本武士道のゲームなの?」 「にほんぶしどう?」 「殺すのにも、礼儀があるの。殺す前に、きちんと挨拶しなければいけないの。」 「ふ〜〜ん。」 「それに、歩兵では王様は取れないんだよ。」 「ほへいって?」 「下っ端の兵隊さん。身分が違うから取れないの。」 「もし、間違って取ったら?」 「反則負けになるの。」 「ふ〜〜〜ん。」 「将棋は、日本武士道なの。」 「にほんぶしどう。」 「妖精の世界にもあるでしょう、そういうのが?」 「そんなややこしいのはないわ。」 「さっき、縄文台の上で、何か言ってたじゃない。泥棒し合うとかなんとか。」 「ああ、あれ。」 「何だっけ?」 「妖精は、互いに泥棒し合って、助け合ってるの。」 「それそれ。」 「でも、なんだか、だいぶ違うわ。」 「そうだね、だいぶ違うね。」 「姉さんが待ってるわ。行きましょう、行きましょう!」 「行こう!」 一平は、自転車のペダルを踏み込んだ。
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