「淀んだ心が、しゃっきりする、しゃっきりコーラは如何ですか〜!」 駒コーラの小野節子が、着物洋服で清涼飲料の宣伝販売をしていた。 スミレちゃんは、一平の背中を人差し指で、トントンと叩いた。一平は答えた。 「分かっているよ。止まっちゃ駄目なんでしょう?」 「違うわ、彼女の前で止まって。」 「えつ?」 一平は。言われたとおりに、彼女の前で止まった。 小野節子が、微笑みながらやってきた。 「淀んだ心が、しゃっきりする、しゃっきりコーラは如何ですか〜!」 スミレちゃんが尋ねた。 「無料なの?」 「はい。お試しなので、無料で飲めますよ。」 「じゃあ、ちょうだい。」 「はい。」 彼女は、キャリーロボットの上に置かれてあった、炭酸飲料水の入れてある容器の蛇口から、紙コップにコーラを注ぐと、スミレちゃんに手渡した。 「はい。」 「たった、これだけ?」 「お試しなので、ごめんなさい。」 スミレちゃんは、ぐいっと一口飲んだ。 「まずい!」 「えっ、まずいの?」 スミレちゃんは、一気に残りを飲み干した。 「あ〜〜〜、まずかった!」 「えっ?」 「はい!」 スミレちゃんは、紙コップを彼女に返した。 「どうもありがとう!さあ、行きましょう!」 スミレちゃんは、容赦なく一平の背中をポンと叩いた。仕方なく一平は走り出した。スミレちゃんが振り向くと、彼女は首を傾げて手を振っていた。 「ああ〜、おいしかった!」 「なあんだ、おいしかったの?」 「とっても、おいしかったわ。」 「意地悪だなあ。」 「そうかしら?」 中年の男がベンチでうずくまっていた。一平は自転車を止めた。 「おじさん、大丈夫?」 答えはなかった。スミレちゃんが、ぴょんと飛び降りた。そして、男の傍らに駆け寄って尋ねた。 「おじさん、大丈夫?」 「…なんだ?」 「おじさん、お正月ですよ!」 「なんだ?」 男は酒臭かった。 「ぐるぐるぐる雲が回ってる〜〜!」 スミレちゃんは、空を見上げた。 「雲なんか回ってないわ。」 「お〜〜、蝶々が飛んでいる〜!」 「蝶々なんか飛んでいないわ。」 「お〜〜、幸福が回ってる〜〜。」 「それは、幸福なんかではないわ。」 「なんだって?」 「心が、お酒でふらふらになってるだけよ。」 「けっこう毛だらけ、猫禿げだらけ!お〜〜、空が回ってる〜!」 「空なんか回っていないわ。」 一平がスミレちゃんに言った。 「スミレちゃん、行こう。ただの酔っ払いだよ。」 「この人、頭が変だわ。」 「変じゃなくって、ただの酔っ払いなの。さあ行こう!」 スミレちゃんは、自転車に乗り込んだ。酔っ払いが少し大きな声で言った。 「スミレちゃ〜〜〜ん、行っちゃうの〜〜?」 スミレちゃんは、びっくりした。 「あら?わたしのこと知ってるわ?」 「今、聞こえたからだよ。」 「ああ、そうか。」 一平は、ペダルを踏み込んだ。酔っ払い男は「スミレちゃ〜〜〜ん!ひゃっほ〜〜!ぷっぷっぷ〜〜〜!」と叫んでいた。スミレちゃんは振り返った。 「あの人、馬鹿だわ。」 「馬鹿じゃなくって、ただの酔っ払いなの。」 スミレちゃんには理解できなかった。
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