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作品名:シュールミント 作者:毬藻

第100回   その日グラス
「とってもとっても遠くの、燃えるように熱い国で、子供が泣いているわ。お腹が空いて眠れないと涙を流して泣いているわ。」
「…それは、きっとアフリカの国だよ。」
「ここには、たくさんの食べ物があるのに、不公平だわ。」
「そうだね。」
「こんなにあるのに、遠すぎて助けてあげられないわ。」
「そうだね。」
「飛行機で運べばいいのに。」
「アフリカは、飛行機でも遠すぎるんだよ。」
「そうかしら?」
「日本人も、その日暮らしで、よその国のことなんかを思いやる余裕がないんだよ。」
「そうかしら?」
「豊かでも、その日暮らしで、やっとなんだよ。」
「こんなにたくさん豊かなのに、とってもとっても、それは変なことだわ。」
「そうだねえ、変なことだね。」
期間限定アルバイトの若い女性の売り子が、期間限定の商品を売っていた。
「その日の暮らしが色で見える、とっても不思議な、その日グラスは如何ですか〜!」
スキレちゃんは、足を止めた。
「その日グラス?」
仕方なく、一平も足を止めた。二人は、そのグラスを眺めた。売り子が説明を始めた。
「その日の運勢が、色になって見える不思議なグラスでございます。」
運勢には、とってもとっても熱心なスミレちゃんの瞳は、きらっと光った。
「ほんとうに、色で分かるの?」
「はい。」
「ほんとうに、色が変わるの?」
「はい。」
「何色がいいの?」
「それは、あなただけが分かることなんです。人によって、いい色と悪い色は違うのです。」
「つまり、自分で決めることなんですね。」
「そうです。」
「どうやるの?」
「グラスを持ってください。」
売り子は、チューリップのようなグラスを手渡した。スミレちゃんは、黙って受け取った。売り子は、にやっと笑ってから話し出した。
「そのグラスを、軽く振ってください。」
スキレちゃんは、言われたとおりに軽く振った。青だったグラスの色が、赤くなった。スミレちゃんは驚いた。
「わ〜〜〜、どうなってるの!?」
「その色が、あなたの今日の運勢です。」
「赤は、わたしには、とってもとっても幸福の色だわ。」
「そうですか。おめでとうございます!」
スミレちゃんは、「どうもありがとう!」と言って、グラスを彼女に返した。彼女は、一平を見た。
「いかがですか?」
一平は断った。
「いいよ、僕は。」
スミレちゃんが、一平を睨んだ。
「ちょっとだけ、やってみてよ。」
一平は、「分かったよ!」と言って、グラスを取り軽く振った。グラスは、緑色に変わった。
「お〜〜、緑色になっちゃった。この色は、僕には物事を疑う色だ。」
一平は、苦笑してからグラスを返した。
「なかなか面白い仕掛けだね。」
「おひとつ、二千円です。いかがですか?」
「けっこうです。」
一平は歩き出した。スミレちゃんも歩き出した。少し向こうで、けんけん姉さんが、立ち止まって何かを見ていた。
「あっ、けんけん姉さんが、いつものように真剣な顔で、お肉と睨めっこをしているわ。」
一平は微笑んだ。
「面白いこと言うねえ〜。」
「殺された動物の肉は、食べられるために、一生懸命に生きているの。」
「えっ?」
「死んだ肉は食べられないわ。だから必死なの。」
「はっ?」
「ちょっと難しいかったかしら?」
スミレちゃんは、目玉を寄せていた。一平は、スミレちゃんの真似をして、目玉を寄せた。



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